審神者をはじめてまだ少し、まだまだ新米と言える名前の本丸にも刀剣男士は増えつつあった。
 まだまだ小さな本丸だが、初期刀の加州清光や初めての鍛刀で来てくれた小夜左文字など、皆で助け合ってなんとかやっている。

 そんな本丸に事件とも言うべきことが起きたのは、つい先日。刀剣男士を喚ぶ為の部屋から名前の大声が聞こえた。
 主の悲鳴にも近い声が聞こえた加州はネイルをしていた手を止め、部屋へ駆けつけるとそこにはへたり込む名前と、形容し難い美しさをもつ刀、刀剣男士が居た。
 青い衣に身を包んだ男士は慄く名前に近寄り、手を差し伸べる。

「三日月宗近。よろしく頼む」

 新米の名前でもよく知っている、三日月宗近。その刀は天下五剣とも呼ばれている屈指の銘刀。
 そんな刀が何故この本丸に。
 いや、鍛刀は誰が喚ばれるかは実際にやってみないと分からない。だから三日月宗近が来る可能性だって十分にある。それでも付喪神を喚ぶ審神者の力量にも関わると思うし、ああ、もうとにかくどうしてこんなすごい刀が此処に。
 纏まらない思考を頭の隅に追いやり、恐る恐る差し出された手を取る。
 それが名前と三日月の出会いだった。

 それからと言うもの、名前は三日月にどうしても他の男士達のように対等に接する事が出来ないでいた。
 出陣はしてもらう。内番もして貰っている。ただ、他の子のように気軽に話しかけたりが出来ていない。
 三日月の前だとどうしても緊張してしまう。三日月の真っ直ぐで全てを見透かすような瞳が、名前は少し苦手だった。


「主は、俺の事が苦手か?」
「えっ?!」

 昼下がりの本丸、名前の部屋で次の出陣について話していた時に三日月が突然切り出した。
 あまりにも突然の事だったので名前は驚きを隠せず、三日月を見やる。三日月の表情はいつも通りのようにも、少し寂しげのようにも見えた。

「き、嫌いじゃない!ただ…」
「ただ?」

 俯く名前に三日月が近寄る。覗き込まれるような形になり、名前は距離の近さに心の中で慌てた。

「き…緊張するの。私は審神者になったばかりだし、貴方みたいな刀を私なんかが扱って良いのかなって…」

 膝の上に置いていた手をぎゅ、と握りしめる。審神者としてまだまだ未熟な自分が嫌になる事もあった。考えが至らない事も、みんなに怪我をさせてしまう事だって。みんなは出陣している以上仕方の無い事だと言ってくれるが、それでももっといい采配があったのでは無いかと考える日も少なくない。
 そんな所に天下五剣である三日月宗近が顕現されたのだ。自分が主だという自信がないままなので、自分より上の身分の人が部下になってしまった感覚だった。
 名前の気持ちを聞いて三日月はふむ。と、ひとつ頷く。

「俺は名前によって顕現した刀だからな。主は名前以外おらぬし、俺は名前のものだぞ」

 どんな主命でも果たそう、と。そう言いながら俯いたままの頭をふわりと撫でられた。
 名前が視線をそっと上げると思っていたよりも近くに三日月が居て、思わず頬が赤く染まる。

「どうした主。照れたか?」

 三日月は名前の頭にある手を退けようとせず、そのままふわふわと撫で続ける。それはもう、少し楽しげに遊んでいるみたいに。

「もう、三日月!子供扱いしないで!」
「はっはっは。俺の主は愛らしいな」

 目を細めて笑う三日月に一瞬どきりとする。この無意識な反応の意味を、名前はまだ知らないままだ。

「…ありがとう、三日月」

 小声で伝えた礼を、三日月は聞き逃さなかった。1度退かそうとした手をまた頭にやり、名前に怒られるのはすぐ後の話。