人の形をするようになって幾月、ようやくその姿に慣れたものの未だ人の感情というものは理解しきれていない。
 永く刀で居た自分には大抵のものはどうでも良くなる。と言うよりあまり興味が無いのかも知れない。
 それでもお団子は好きだし馬は可愛い。同じ本丸の仲間たちも大切に思っている。感情がない訳では無い。
 しかし何かに執着するということは無かった。
 物に対しても人に対しても、深く知ろうとはしない。いくら考えてもやはり物事に興味が無いのだ、と結論に行き着く。
 それは気楽でもあり、虚無でもあった。

 自分を顕現させた今代の主、名前。彼女は特別力がある訳でもないのに政府に審神者を命じられて本丸を任されたらしい。
 毎日ぱたぱたと走り回る名前を見ては、まるで犬猫を見ている気持ちになる。主なのに、全く主らしくない。
 逆にそう言う所が刀剣男士達に慕われる所以なのかもしれない。彼女はどこか危なっかしくて目が離せない時がある。近侍はもちろん、常に周りには誰ぞ男士が居た。

 自分はと言うと、主に対してはよく分からない感情を持っていた。
 主が喜べば不思議と自分も嬉しいし、悲しければ力になりたい。それは主と刀という関係だからだと思っていたが、そうではないらしい。
 そうではないらしい、と気付いたのもつい最近だ。他の刀剣男士と楽しそうに話す名前を見て、何故か面白くないと思った。
 名前が楽しいのであればそれで良いはずではないのか?そう自分に問いかけるが答えはないままだ。





 内番の日、馬の世話が終わった後に休憩しようしているとなにやら縁側が騒がしい。短刀達が遊んでいるのかと覗いてみると、そこには粟田口と主が居た。
 主の手にはストローのようなものがあり、それをふーっと吹くと丸い泡のようなものが浮かび上がる。

「わー!すごいです主さま!」
「僕もやりたいー!」
「みんなの分あるからね、順番だよ」

 きゃっきゃとはしゃぐ短刀達に、主はストローを渡していく。その姿はとても楽しそうで、何故か胸の辺りが苦しくなる。

「あれ、髭切?どうしたの?」

 ぼんやりしてしまっていたのか、主に急に声をかけられて驚く。ストローを全て渡し終えたようで、こちらへと近付いて来た。

「今ね、シャボン玉で遊んでたんだ」
「しゃぼんだま?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げる。シャボン玉とは石鹸を溶いた水に細い筒を付けて息を吹く遊びなのだと、主が説明してくれた。
 買出しに行ったら万屋に置いてて、つい買っちゃった。と主は目を細めて遊ぶ短刀達を見やる。
 その何とも愛しいものを見る表情にまた胸が詰まった。

「主さまー!こっちで一緒に遊びましょうー?」
「はーい!」

 短刀達に呼ばれ、嬉しそうにする主。本当に僕達の事を大切に思ってくれている。
 ああ、そんな主が、僕は。

「髭切も来ない?」

 すとん。
 無邪気に笑う名前を見て、髭切の中で何かが落ちた。これが、人を愛しいと想う気持ちか。
 まるで他人事のように納得する自分が居て、不思議な感覚に思わず笑みが零れる。

「髭切?」

 返事がない髭切を心配したのか、名前は髭切に近寄り顔を覗き込んだ。
 自分より幾分か小さい身体を見て、この身体で審神者業を頑張っているのかと思うと髭切は名前を更に愛しく思う。

「…名前」

 ぎゅ、と名前を抱きしめる。比較的小さな名前は髭切にすっぽりと収まってしまう。
 突然の事に驚いた名前は思わず周りを見渡したが、短刀達はシャボン玉に夢中で誰も2人のことは見ていないようだった。

「ひ、髭切…?」

 いきなり抱きしめるなんて、おかしいだろうか。しかし自分の気持ちに気付いてしまったのだ。何にも興味を持てなかった僕が、主の事を好きだなんて!
 これほど楽しい事はないと名前を存分に抱きしめていたら、名前もおずおずと背中に手を回して心配するようにぽんぽんと撫でてくれた。

「優しいね、名前は」

 腕を緩めて名前の顔を見ると、笑顔のままハテナが浮かんでいた。可愛い名前。さすがにそろそろ短刀達にも貸してあげようかな。

「さ、僕達も混ぜてもらおう。」

 優しく名前の手を取り、短刀達の所へと向かう。握っている名前の手が熱いのは気の所為ではないはずだ。それだけで気分が上を向く。
 好きを認識しただけなのに、こんなにも世界は変わるのか。人とは面白いものだな、と髭切は笑みを深めた。