入社2年目。やっと一人で満足に熟せる仕事が多くなってきた最中、今日も残業よろしく終電目前だ。
いやいや忙しいのはもしかしたらわたしの性格上の問題かもしれない、と通知がたくさん入っている携帯の画面を覗いて思う。今日は同期達での飲み会だった。賑やかなグループラインには二次会への案内や一次会での写真が並んでいる。わたしは先輩から定時後に代替で頼まれた仕事が終わらず、結局行けなかったのだ。仕事が少し出来てきた今日の悩みは、断るのって難しいってこと。
今から二次会に行っても明日の仕事がつらいだけだしなあ、と思いトーク画面をスワイプして消せば、丁度よくホームに電車がきた。高くはないパンプスを鳴らして電車に乗り込みガラガラの椅子に座って目を閉じた。王子さまが迎えに来てくれるわけではないので、単身用マンションであるわたしの城までしばし休養。


『次は〜天鷲絨駅〜天鷲絨駅〜』
「っ!?」

ぱちり。目が自然に開いた後に電車のアナウンスをきいて、声にならない声がでる。やばい!乗り過ごしてしまった!急いで鞄を肩にかけなおし、開いた電車のドアから飛び出した。危なくもっと乗り過ごすとこだったと胸をなでおろし、反対路線のホームを見れば人ひとりいない様子と真っ暗な電光掲示板に仕方なく改札をでる。
そうして深夜だけれどすっかり暖かくなった夜空の下、どうしようかと頭をひねった。幸い、ここからわたしの家の最寄り駅まで二駅だ。頑張って歩けなくもない。だだし駅の前に駐車しているタクシーを使えばもう少し早く帰れる。むむむと考えた後、歩くことにした。コンビニに行って明日のための栄養ドリンクも欲しいし。
風に髪を撫でられながら、夜を歩く。そういえば天鷲絨駅にはあまり来たことがなかった。この駅は演劇の聖地と言われるビロードウェイがあって、昼間はとても賑わっているみたいだ。わたしも一度だけ舞台好きの友達に連れられ有名な劇団の舞台を見に来たことがあるが、それっきりだったのでなんだか新鮮な気持ちになる。近くに住宅街や個人経営のカフェもあるみたいだし、夜は静まり返っている。逆にそれが心地よくて、ぽうっと明かりが灯るコンビニまで鼻歌を歌った。

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辿りついたコンビニで、入口からすぐある棚から栄養ドリンクを手に取って、夜ご飯用になにか無いかと店内を見渡した時だった。ど派手なスカジャンにスウェット姿の男性が山盛りの籠を持って雑誌コーナーにいるのが目に入る。こんな治安の良さそうな街でもこんな典型的なヤンキーがいるんだ・・と思わずぞっとしたけれど、あまり見ていても失礼だ。その横を通ろうとすると、男性が雑誌を片手に振り返って思わず目があう。
瞬間、思わず手に持った栄養ドリンクを落としそうになった。だって、茅ヶ崎くんだ。われら同期の、いや寧ろ弊社女性社員のアイドル茅ヶ崎くんが前髪をちょんまげにして結び、ど派手なスカジャンにスウェット姿でゲーム雑誌を持ってコンビニにいる、現在進行形。人はあり得ないものを見たとき、すべての器官が停止してしまうらしい。わたしは茅ヶ崎くんの顔を見たまま、落としそうになった栄養ドリンクを握りしめて、声無く口を間抜けにも開けたまま立ち止まっていた。そうして、彼も多分停止していて見つめ合う事3秒間、先に行動したのは茅ヶ崎くんだった。

「らっしゃっせ〜」

スタスタスタとわたしを素通りして、レジへと山盛りになった籠を預けゲーム雑誌もしっかり購入して茅ヶ崎くんはコンビニを呆気なく出て行った。残されたのはコンビニのドア開閉のピロピロリン♪という陽気なメロディの残響と、わたしだけだった。
そうして、やっと金縛りが解けたかのようにわたしは握っていた栄養ドリンクと先ほど茅ヶ崎くんが雑誌コーナーに立っていた場所を交互に見て、こうつぶやくのだった。

「・・・ブラウォー特集・・・?」