「そういや、この間は寝坊しなかった?」
「・・はい!その節はすみませんでした!」

連れ出されたのは会社近くの駅前ビルに紛れて密やかにある慎ましやかな日本料理店だった。二十一時を回っているのに店内は落ち着いた雰囲気をしていて、着物を身に着けている女性に案内されて掘りこたつ式になっている和室に通される。
嫌いなものはないかと聞かれてないと返すと、鈴木先輩はさっさと注文を行ってしまう。腹減ってるんだよな〜と言いながら秋鮭ときのこの土鍋御飯に黒毛和牛のすき焼きを頼んでさらにはお刺身。値段は中々なものだから驚く。
下見といいつつ、鈴木先輩は随分と落ち着いた様子だった。きけば相手方と会食は二度目らしい。

「もしかしてその会食って茅ヶ崎くんもですか?」
「そうそう。今の件でアイツと組んでるんだけど、まじ出来る奴だよな〜」

茅ヶ崎くんと鈴木先輩は同じ営業一課だから、もしかしてと口に出せば思えばすんなり頷かれる。先輩もどうやら茅ヶ崎くんのことを気に入っているのか、にこにこと笑った。きっと、茅ヶ崎くんが人気なのは男女どちらにも王子様スタイルを貫いている点だろうか。あんな爽やか笑顔を向けられて嫌な人は男女問わずいない訳で、おまけに仕事も十二分に出来るときたらそりゃあ株は上々だ。後輩なのに見習うとこ多すぎ、と先輩が屈託なく笑う。そんなことをさらりと言えちゃう先輩にも、見習うとことがわたしもあるなあと一人ごちる。

「苗字もああいうのが好きなの?」
「いやいやわたしは」

うちの女性社員はこぞって茅ヶ崎くんに骨抜きにされているのはもう周知の事実だ。以前だったらただの同僚としてかっこいいですよね、と言えるかもしれないけれど現在噂がたって疑惑の目線を向けてくる人もいることを知っているわたしは大げさに手を振って否定する。

「じゃあどんなのがタイプ?」
「・・えーと、もう、わたしなんかのことが好きになってくれたらどなたでも」
「謙虚すぎか」

鈴木先輩を見習って謙虚アピ―ルをしたのだけど、割と的を得た返答だった気がする。好みって言われても、やさしいとかそんなありきたりな物しか思いつかないわたしの恋人は現在仕事だし。先輩は日本酒を少し飲んで、ふわりと笑う。

「苗字、かわいいと思うよ俺は」
「・・・どうもです」

なんとも上手な可愛い返事が出来ないわたしは、誤魔化すようにおちょこのお酒を一気に飲みほした。




「鈴木先輩とのデートどうだった?」
「ひっ」

しっかり終電に間に合うように駅で解散して、改札を抜けてあと数分で来るであろう電車をホームでぼうっと待っていると、ふっと耳裏に息を吹きかけるように屈んだその人物に声をかけられて思わず耳を覆って振り返った。資料室ぶりの茅ヶ崎くんが背後に立っているのだから驚く。

「で、デートじゃないよ会食の下見」
「そう思ってるのは苗字さんだけじゃない?」
「・・随分意地悪だね」
「仕返し」

あの後からも仕事をしていたのだろうか。茅ヶ崎くんのスーツは相変わらずお花の品の良い匂いがする。仕事を倒した茅ヶ崎くんと、しっかり奢られてしまいほろ酔いのわたしじゃこれは到底勝てないな、と思う。

「今日は車通勤じゃないんだ?」
「そのまま出先だったからね。で、鈴木先輩とフラグたった?」

勝てない勝負をしたくないのは当然なので、話をわざとそらしたのに、すぐさま軌道修正させられる。茅ヶ崎くんはそのまますっとわたしの隣に並んだ。寮は天鷲絨駅でわたしの家の最寄り駅の二駅先だから、あと十分ちょいは一緒だろう。もう逃げられないなあと堪忍して、はぐらかすのも辞めてその言葉に耳を貸す。フラグもなにもありません。何の話したの?色々です。と明らかにそっけない態度のわたしを気にする様子は茅ヶ崎くんのくせにない。

「・・どういう人がタイプかって聞かれたけど」
「なんて答えたの?」
「わたしなんかのことが好きになってくれたらどなたでも」
「わ〜実に苗字さんらしい」

ケラケラ笑う茅ヶ崎くんを見て、本日の王子営業は終了してしまったのだと思った。完全に面白がっている茅ヶ崎くんは「じゃあうちの社内だったら?」と踏み込んでくる。彼って結構いい性格しているよな、と思うのは最近の発見だ。

「鈴木先輩は?」
「かっこいいよね。仕事もできるって噂だしすごく尊敬してる」
「同期の山田とか」
「すごい性格いいよね。気遣いが上手だし見習わなきゃ」

攻防戦は続く中、負けじとかわす。こういうのは女子トークにありがちなので、苦手じゃない。

「じゃあ、俺は?」
「・・茅ヶ崎くんはないかな」

ぱっと、わたしのぞき込む茅ヶ崎くんを意地悪く細められた目を見て、考えるより先に口は勝手に動いた。

「わたしまだこの会社で働いてたいもん」
「あは。フラれちゃった」

茅ヶ崎くんを好きと言ったところで望みなんてわたしにはないけれど、それでも戦争に巻き込まれるわけで、それだけは御免だ。わたしの返事に、何が面白いのか、茅ヶ崎くんはおどけて笑っている。わたしには笑い話にすらならないのだけど。

「逆にきくけど、茅ヶ崎くんはどういう人がタイプなの?」

こんな話、茅ヶ崎くんとすることになるなんて半年前は考えられなかったな。と思っていたら、やっと待ち望んでいた電車がやってきた。平日の終電はやっぱりガラガラで乗り込む人はホームに散らばっているけれど、わたしたちの背後に並んで立つ人もいなければ車両にも寝ているスーツのおじさんが座っているだけだった。そのおじさんと離れた場所に茅ヶ崎くんと隣り合わせで座り車内アナウンスが終わってドアが閉まると、顎に手をあてて茅ヶ崎くんは何故か真剣に考えている。

「・・うーんやっぱり王道黒髪清楚生徒会長」
「・・え?」
「いや、金髪ツンデレツインテも捨てがたいかな」
「はい?」
「不思議っ子中二キャラにはシンパシー感じるし」
「茅ヶ崎くん、ストップ。一旦ストップ」
「だがしかし幼馴染属性は最強・・!」
「茅ヶ崎くん!わたしの話きいて!」

完全にマイワールドにいってしまった茅ヶ崎くんに静止をかける。思った以上に詳細な特定人物にきこえる在りえない組み合わせの人を指されればこちらだってちょっと動揺してもおかしくはない。恐らく、ゲームの話だと思うのは過去の経験則だった。

「まあ、結局全員攻略しないと気が済まないからオールラウンダーかな?」

結局初見で攻略した後でもシナリオ次第で推しキャラ変わるし。あっけらかんと言い放つ言葉に、急に酔いが回った気がした。

「でもやっぱり、ゲーマーとしては難易度高い方が燃えるよね」

ぎらぎら。謎に闘志を燃やす茅ヶ崎くんを見て、もう解読するにも限度があるなあと考えることを放棄する。背もたれに体の重みを全部預けて、ぐったり脱力した。今日はわたしの負けだ、降参です。

「茅ヶ崎くん。お願いだから会社の名誉のためにも捕まらないでね」
「ワロタ。あらぬ誤解を生んだな」