「茅ヶ崎くんとのデートどうだった?!」

今日は生憎の雨模様。けれど昨日よりずっと軽い足取りで出社をした。
そうすると、おはようの前に顔を合わせるや否や先輩は完全に野次馬心を隠さないでにやつきながらわたしに問いてきた。

「先輩の期待するようなことは一切ないですよ」
「ええ〜ホント?社内や取引先問わずどんな女の子にアピールされても丸一年靡かなかった茅ヶ崎王子からディナーのお誘いだよ?」
「残念ながら」

こうくるのは完全に予測できたので、頭でシュミレーションしておいた通りの返答をキッパリとすれば、聞き耳をたてている女の子達も文句は言わないだろう。確かにわたしの人生において一番と言っていいほどメルヘンなお食事だったけれど、その後は仕事の他愛のない話をしてお店を出ればわたしの自宅の最寄り駅で降ろしてもらって普通に帰ったし、会話も甘やかなもの一切なかった。

「ふーん…やっぱり茅ヶ崎くん彼女いるのかな〜一途だとしたらポイント高すぎだよね」

そうして茅ヶ崎くん彼女持ち説が終結する。一応本人はいないと言っているみたいだがあまりにも女の子に靡かない様子から大学時代から付き合っている彼女がいるのでは?という噂があるのだ。確かに昨日の様子を見てもとても女性慣れしているようにしか見えなかったしあの茅ヶ崎くんに彼女がいない訳がないという理屈はもっともだ。そうして、わたしも先輩にのせられて王子様の彼女なら絶対に美人さんだろう、可愛い系かな〜綺麗系かもしれないと妄想が膨らむのは、美男美女は目の保養であると道理が決まっているからだ。





「あの、どなたかお探しでしょうか?」

雨は昼になっても依然として降りやまず、そうなると社内のカフェを始め食堂は大混雑である。お昼くらいゆっくり社食でも食べようかと思っていたが、あまりの混雑具合に一旦外に出てコンビ二に行ってデスクで簡単に食べられるものを買おうとエントランスに出たら一人の髪の長い女性がエントランスできょろきょろしていた。昼休憩の交代の関係か、受付が誰もいなかったのでわたしがかわりに話しかけると、女性はぱっとこちらを振り向く。ダークブラウンの髪がふわりと宙を舞った。

「あ、すみません・・私営業部の茅ヶ崎至の知人で、近くに寄ったもので」

くりくりの瞳にわたしが映される。振り向いたのは、ナチュラルなメイクにラフな格好でもずっと華やかな女性で、うわあ綺麗な人だ、なんて呑気に思っていたら『茅ヶ崎至』の言葉に一気にはっとさせられる。

「あの、差支えなければ、これをお渡ししては頂けませんか?」
「・・はい、構いませんよ」

連絡を入れているので渡せばわかると思うんですが。彼女は持っていた紙袋を控えめに胸の高さにあげ、わたしに問いかけた。小首を傾げる仕草が、綺麗な容姿に加えて可愛らしい。と思いながら仕事で心得たポーカーフェイスを決めて、にこりと微笑んでそれを受け取る。
そのままお辞儀をした彼女はエントランスの自動ドアを潜って駅の方へと向かう人込みへ消えていった。そこまで見届けてから、そろりと視線を下に向ける。

「これって・・・もしかしてお弁当?」

見てはいけないけれど、口が閉じられていない紙袋は中身が丸見えだ。お昼時に届けられるピンク色の風呂敷につつまれたそれは、どこからどうみてもお弁当でわたしは朝の会話を思い出す。これはまさか、まさかの!




「茅ヶ崎くん」
「?珍しいね、苗字さんがここに来るなんて」

営業部の前で茅ヶ崎くんをなるべく自然に呼ぶ。昼時だからか人が全然いないのはラッキーだった。人差し指を唇にあて、内緒話のサインをして手招きをしながら、事前に確認した使用していない会議室へと茅ヶ崎くんを誘導していった。

「茅ヶ崎くんの彼女さんってめちゃくちゃ美人だね?!」
「・・・は?」

ぱたん。ドアを閉めた瞬間に、我慢しきれずすぐさま振り向いて、お弁当を茅ヶ崎くんの胸に押し付けてそういうと、鳩が豆鉄砲を食らったような反応をされた。



「それ監督さんね」

エントランスでの女性の話をした後に、お弁当と一緒に入っていた魔法瓶を紙袋からだしてまるで重量を確認するかのようにほんのすこし傾けた茅ヶ崎くんは溜息を吐きながらそう言った。
監督さん。劇団の?そう。と短く返された言葉にわたしはうむむと頭を捻る。

「本当に彼女さんじゃないの?」

あまりにもいい、テンプレートのようなタイミングで、これまた様式美のようなお弁当を持ってくるなんてこれは完全に彼女だ!っと思ったので疑ってしまう。それにすごい綺麗な人だったし。監督さんっていうのも疑わしい。と演劇やその世界に詳しい知識のないわたしは髭を蓄えた男性を想像した。

「違うって。そもそも彼女いないし」
「・・・うーん」
「ていうか、俺の干物オタク姿見といてソレ言えるんだね?」
「言えるよ、だって茅ヶ崎くんかっこいいし」

なんだか煮え切らないなあと思う。朝に妄想したカップル像のような、綺麗で可愛い人ですっごくお似合いだと思ったから。なんて言ったら茅ヶ崎くんは怒るだろうか、とピンクの風呂敷から茅ヶ崎くんに視線を移すと、カチンとパズルのピースがぴったりはまったように目が合った。茅ヶ崎くんは驚いたように目を見開いている。

「苗字さんこそ彼氏いないの?」
「あ、話題そらしたでしょ」
「違うよ、鈴木先輩が苗字さんのこと可愛いって言っていたなって」
「ほんと?嬉しいな〜」

そうして、その違和感を切り替えるようににこりといつもの王子スマイルを向けられたのでわたしもお返しに笑えば、またも驚いたように目を丸くされた。

「なるほど」
「?なに?茅ヶ崎くん」
「苗字さんって攻略難しそうだよね」
「・・・えーと、なんの話?」