お昼休みにすこしの緊張感を持ってスマホを開くと、予定通り新着メールの文字。薄目を開けながらそのメールを開くと、飛び出してきた『残念ながらお席をご用意することが出来ませんでした』の文字にがつんと衝撃が走った。

「苗字さん、これ頼める?」

そんなわたしよそに、フロアの入り口から声をかけてきたのは海外事業部の卯木先輩だった。出張帰りにそのまま来たのだろうか、ネイビーの薄いロングトレンチを羽織って機内持ち込みサイズのキャリーケースを片手にさげて分厚い書類を持っている。スマホをデスクに置き立ち上がってそれを受け取った。

「先輩お疲れ様です。お預かりしますね」
「昼も仕事?苗字さんは熱心だよね。うちの課長も褒めていたよ」
「あはは、光栄です。ありがとうございます」

変に衝撃が走ったおかげで逆に出張ばかりで本社で見ることが少ない卯木先輩からのお褒めの言葉に対しても平常心を保てている。2つ上の先輩だけど、出世頭と名が高い上俗にいう3K男子というもので女性社員の人気は高いものの、あまり人を寄せ付けないことで有名だ。飲み会も基本的パスだし、関わることが少ないので雲の上の存在以上に、宇宙人みたいな印象。

「ところで、苗字さんって茅ヶ崎と仲いいの?」

と思っているところで先輩からの先制攻撃を受けた。でも、この手の質問はここ数週間で幾度となくきかれた質問なので最早十八番中の十八番である。先輩と同じ笑顔を作ってシュミレーション通りの返答。

「・・悪くはないと思いますよ。同期ですし。」
「そうか。悪いね、うちの課でも話題になっているから好奇心」

にこりと笑う卯木先輩の裏はとても読めない。話題になっているからと言って野次馬をするような先輩じゃないことくらいはわたしだってわかっている。と違和感を拾いながらも、あまりに思惑がわからなさすぎてすこし怖い。

「少なくとも先輩達が思っているようなことはありませんよ」
「ふうん・・・じゃあよろしくね」

実際に、あの観劇後からは茅ヶ崎くんと顔を合わせるのは精々社内で挨拶を交わす程度だし。念のため釘をさしたけれど、思ったよりも興味がないような態度で呆気なく先輩は去っていった。残されたわたしは、そんなことよりさっきの落選メールを思い出して、がくりと頭を落としてはやっぱり落ち込むのだった。




元々くじ運は良くない方だったし、学生時代は席決めで一年通して一番前の席を当てた強者だ。社会人になってそれをすっかり忘れていたなあ。あーあ・・・。と、2度目の落選メールですっかり肩を落ちて、今日は仕事をすっかりする気になれなかったので定時であがってきてしまった。丁度学生やサラリーマンの帰宅ラッシュに位置するこの時間帯は当たり前に駅が混んでいる。それにすらなんだか気後れしながら改札へと向かっていると、向かいからずかずかと割るように歩いてくる人がいるのが気づいた。
ワンレンで着崩した花学の制服、極めつけは耳にゴツゴツとしたピアスの列、今時のヤンキーみたいな男の子。わたしも避けなければぶつかってしまう、とその男の子のぼうっと見ながら歩いていると、ついにぶつかりそうな距離になって、横にずれようとしたが、たん。とその足が止まった。

「アンタ」

がっしり。ヤンキーくんはわたしの鞄の持っていない方の腕をつかんだ。思わずつんのめってこけそうになるよりも強く引かれるので、まるで抱きとめられるような体勢になる。ヤンキーくんは上からそんなわたしの顔を品定めするかのように見て「あ、やっぱり」という。
え?いや?生憎ヤンキーの知り合いはいないのだけど、わたし何かした?もしかしてお金とられる?え?わたし人生のくじ運まで悪かった?と完全に混乱しきったわたしから出たのはこの一言。


「・・・・どっ・・・・・・どなた、ですか?」





「助かったわ〜。至さんと待ち合わせするなら監督ちゃんにそれまでビラ配りしろって追い出されたんすけど、至さんの知り合いに会っちゃったしこれは捌けなくても仕方がないよな」

ヤンキーくんはその名を『摂津万里』と言った。どうやら茅ヶ崎くんと知り合いらしく、何故だかわたしはいいダシに使われているらしい。完。・・いやいやおかしい。なんでそうなった。と思うのだけど摂津くんは至って普通に駅前にいる仕事終わり感満載の困惑するOLの腕を引いてずかずかとオシャレなカフェに入りこれまた手慣れたようにコーヒーを二つ頼んでいた。恐ろしい子。

「つーかアンタ、至さんとどういう関係なんすか?」
「・・同僚だと思われますが」

本日二度目の質問。先輩と違って完全に好奇心を隠さないそれは可愛いものだ。でも、こっちは茅ヶ崎くんと仲が良いみたいだし、彼が何と言っているのかわからないので恐る恐るそういうと、頼んだホットコーヒーをブラックのまま摂津くんは一口飲んだ。

「ふーん・・・でも春組公演見に来てたよな、一人で」
「なんで知って・・・ってあ、ルチアーノ!」
「ん?俺のこと知ってんの」

正直今まで恐ろしくて摂津くんの顔を直視できなかったのだけれど、コーヒーを見たその視線が伏せられた摂津くんを見たらその顔には見覚えがありすぎていた。先ほど散々落ち込んでいた、落選した公演案内のHPのトップページでベージュに縦のラインが入ったスーツにお揃いの色の帽子をかぶりブラックファーのコートを羽織り、札束を持ちながら笑う男。MANKAIカンパニー秋組旗揚げ公演『なんて素敵にピカレスク』の『ルチアーノ』だった。

「だって秋組の旗揚再公演の申し込みしたから・・うわあよく見たらルチアーノだ!」

すごい、とまじまじと見てしまう。芸能人に会ったかのような反応みたいになっているけれど、まさにそれだろう。なのに、摂津くんもわたしの反応に驚いているのだから、はたから見ると変な構図になっている。

「は?至さんに頼んでチケット貰えばいいだろ。監督ちゃんもアンタん事気に入ってて誘おうか迷ってたし」

意味わかんねー、と摂津くんは不思議そうな顔をしている。いやいや不思議がりたいのはこんなところに摂津くんといるわたしなんだけども。

「駄目だよ。勿論春組の時はお礼って形で観劇させてもらったけど、わたしもうMANKAIカンパニーのただの1ファンだから。自分でチケットとって自分の力で観に行かなくちゃ」

『ロミオとジュリアス』の開演前に女の子たちが言っていた様に。わたしが今回あえなく落選してしまっている様に。当選して公演を見られる人がいて、落選して見られない人がいる。ただの1ファンがそれこそ茅ヶ崎くんと知り合いだからと言ってそのツールで公演を見る権利を得るのはなんだか違うと思った。ファンとして線引きをしっかり持って楽しむのが応援することだと思うから。というと摂津くんはさらに、何言ってんんだコイツという顔をしてから「あー・・・」と声を漏らし考えごとをするように頬杖をついてからこういった。

「・・な〜る。至さんがアンタのこと、難易度HELL級って言ってる意味がちょっとわかったわ」
「・・・へるきゅう?」

ちょっとまって茅ヶ崎くん、HELLって、わたしのこと実はお化けだと思ってたの?