「・・何で苗字さんがいるの?」
「奇遇だね。わたしもそれ思ってるよ」

それから、10分程度過ぎた頃に噂の人物茅ヶ崎くんはやってきた。席にはつかず、立ちすくんだままわたしと摂津くんを交互に見てどんな会合だと頭を傾げているけれどまったくの同意だ。摂津くんは相変わらずマイペースに、残っているコーヒーを飲みほした。

「至さんが遅いんで、名前サンに付き合ってもらいました」
「お前な・・あんまり彼女に迷惑かけるなよ」
「迷惑かけたのはどっちかっていうと至さんっしょ」

軽口を叩く二人の姿を見て、気心の知れた仲なのだと思う。暗かったし、酔っていたのもあってあんまりよく覚えていないけれどこの間タクシーで送った時に茅ヶ崎くんを引っ張り出したのも摂津くんだったかもしれない。
そのまま立ち上がった摂津くんにつられてわたしも立ち上がった。どうやらお役御免のようだし、そそくさ駅に戻って帰ろうとしたのだけど、気が付いたら摂津くんにまた腕をしっかり捕まれている。やっぱりヤンキーこわい。

「なあ、名前サンも一緒に行きましょーよ」
「え?いや、お邪魔ですし結構です」
「なんで万里相手に苗字さん敬語になってるの?」

何故かぐいぐいくる摂津くん。恐れ戦くわたし。ツッコミ役の茅ヶ崎くん。とんだでこぼこトライアングルだ。

「おもしれーもん見れると思うっすよ」

目を細めて意地悪く笑う摂津くんは、やっぱり好奇心を隠さない。「至さんもいーでしょ?」と摂津くんが問いかけた先の茅ヶ崎くんは「お前面白がってるだろ」と言うだけでイエスともノーとも言わなかった。「アンタのこんな顔見れんの激レアだし」と摂津くんはカラカラ笑って、わたしの返答を待たずにそのまま腕をカフェから出て向かいにある青になった信号を渡るように引いた。・・そもそもわたしは、何処に連れていかれてしまうのだろう?


「死ね雑魚!」
「至さんとばしすぎじゃね?」
「は?つーかおいこら万里、今打ちミスっただろ殺すぞ」
「へ〜へ〜」
「ちっ!逃げてんじゃねえよカスが!」

弾けるポップコーンのようにその言葉は口から跳ねるよう飛び出していっては、画面上の敵がばたばたと倒されていく。
連れてこられたのは駅から結構歩いた寂れたゲームセンターだった。隣接されたカラオケには入ったとしても、ゲームセンターなんて学生ぶりだろうか、と茅ヶ崎くんと摂津くんの背中におそるおそるついてきた。二人は当たり前のようにガンシューティングゲームの前に行って、ゲームを始める。そうして先ほどの豹変した茅ヶ崎くん劇が始まったのである。
彼らの後ろにたってゲーム画面を覗いているので、背中越しにしか聞こえないけれど、確かに茅ヶ崎くんの声だ。いや会社でのトーンより一層低いけれど。
何時の間にか周囲にちらほらいたお客さんも、ギャラリーのように画面を食い入るように見ている上、最高スコアを叩き出したらしく名前の登録をする画面に移ったので恐らく相当にゲームの腕前もすごかったのだろう。

「な?」

ゲームを終えてこちらを振り向いた摂津くんが、わたしに向かってウインクをした。これが、面白いもの。た、たしかに・・・、コクコクと頷く。次に模造銃を筐体のポケットに収め少し乱れてしまったのか、前髪をなおしながら茅ヶ崎くんがわたしを見た。

「・・ひいた?」

その顔は無表情だったし、多分わたしも完璧に圧巻されてしまって無表情だったと思う。

「・・・いや茅ヶ崎くんってさ、」
「うん?」
「百面相だよね」
「・・・うん?」

王子様だったり、同い年の男の子の姿だったり、干物姿に色気ただ漏れに、キラキラ輝く茅ヶ崎くん。ここ最近でもうずっと色々な彼を見たつもりだったのだけど、まだ新しい一面があったなんて。底が知れない、と思った。まさか綺麗な顔からは想像もしない、暴言を吐きまくる姿を見る羽目になったのはびっくりだけど。
恐らくそんな事はわたしの発した言葉足らずのワードでは伝わらなかったのだろう。二人の頭には?マークが浮かんでいる。

「なあ名前サン、これならアンタ出来るんじゃね?」

と、一方で摂津くんが太鼓のゲームを指さした。おずおずとついてきて委縮したわたしを気遣ってくれているのだろうか。

「あーうん。上手ではないけど」
「俺もやりたい。新機種ナイランの戦闘曲入ってるってきいたし」

わたしが小学生時代のころからあるゲームで学生時代プリクラを撮りに来たついでくらいの頻度でプレイしたことがある。茅ヶ崎くんがコインを入れて撥をわたしに渡してくれたので素直に受け取った。正直音楽には疎くどんな曲でも良かったので彼におまかせをする。そうしてやってきた難易度選択で、茅ヶ崎くんは当然のごとくむずかしいのさらに上の隠しモードによるおに級をだしていた。その隣でかんたんを選ぶ勇気はなく、しぶしぶふつうを選択する。
久しぶりだけど、リズム感は特別悪くないし出来るだろう、と思っていたら間奏時点でドンドンとすごい撥さばきで茅ヶ崎くんが太鼓を叩きだす。え?茅ヶ崎くんすごすぎるのでは?と目を見開くわたしをよそに「あ〜これこれ」「なついわ〜」とかなんとか間延びした声でさも簡単そうに太鼓を叩いている。難易度が違うと譜面も当然違う訳だが、わたしのレーンにも太鼓のマークがついにやってくるも隣のドコドコ音に気をとられる。え、ちょっとまって。全然太鼓のキャラクターから魂のようなのしか飛び出ない。ええ?!

「苗字さんスコアやばすぎ・・・!」
「これはいくらなんでもないっしょ名前サン〜」
「・・もう一回!もう一度やろう!」

完全に茅ヶ崎くんのペースに巻き込まれたわたしのスコアは底辺。対比する隣のスコアはフルコンボ。天と地の差とはまさにこれといったことか。茅ヶ崎くんは爆笑、そうして摂津くんも笑っていた。完全に馬鹿にされている!
流石にわたしも同僚と年下である高校生に二人同時に馬鹿にされてにこにこ笑っていられるほど大人じゃない。そもそも茅ヶ崎くんが上手すぎてペースに飲み込まれただけだし、リトライを要求する。

「いいよ」
「摂津くんとチェンジで!」
「え?」
「茅ヶ崎くんだと集中できないの!」
「じゃ〜名前サンのご指名ってことで」

隣は摂津くんにかわり次の曲を選ぶも、完全に茅ヶ崎くんと同じ流れだった。こんな短時間にデジャヴを感じることってあるのだろうか?というぐらい綺麗な運び。摂津くんも撥を軽く持ちながらも画面に表示される重なりまくっている太鼓のマークの羅列を綺麗に消費していっていた。

「・・・摂津くんの裏切り者!」

やっぱり天と地の差が開いた散々なスコアに二人は爆笑し、無残にわたしは負け犬の遠吠えをすることなった。



次のゲームを選ぶために見渡していると今度は茅ヶ崎くんが一つのクレーンゲームを指さした。

「これ苗字さんがよくつかうスタンプのキャラクターじゃない?」
「ほんとうだ。って、茅ヶ崎くんよく覚えてるね」
「同期ではお馴染みじゃない?」

たしかに同期のLIMEで使っていたかもしれない。しろくまのゆるキャラな小さなマスコット状キーホルダー。茅ヶ崎くんはアームを軽く見たあとに筐体に百円玉を一枚いれる。始まる軽快なリズムを無視してボタンを手慣れたように押すとアームに押し出されたそれは綺麗にすとん、と下に落ちていった。
取り出し口から助け出したそれを茅ヶ崎くんは摘まんでわたしの眼前へとずいっと持ってくる。

「これで機嫌治してくれる?」

ゆらゆら手を広げて揺れるしろくまからひょこりと笑う茅ヶ崎くんが横から覗いた。
これじゃあわたしが子供みたいじゃないか。大人しくてそれを受け取って「・・今日のところは許しましょう」と大人気ない返事をする。

「至さんやるじゃん」
「・・うるせー万里」

そういえば会社のロッカーの鍵につけるマスコットが欲しかったんだ。とタイトスカートのポケットから鍵を取り出して付ける。なんだか学生みたいなそれに、少し笑ってしまった。