世界でいちばん

運命というものが存在しているなら、きっとこの縁のことをそう呼ぶのだろう。運命の確率とか、化学式で表すならきっととてつもなく大きい数字で、あり得ないほどの出会いなんだと思う。そういう確率に関してはあまり興味ないけれど。ただ、あの日私は翼さんに話しかけられて、それからなぜかこうやって今も関係が続いている。それだけは確かな事実で、それを運命だと呼ぶのなら、きっと出会いから全てが始まっていた。あとはただの積み重ねだ。沢山の人の中から翼さんが私を見つけて、私もその数ある人の中から翼さんを受け入れた。私たちにとっては何気なかったそれが、運命とやらで繋がっていたなんて言われるとそれはそれで癪な気がするけれど。まぁ、でも。きっと。私も見つけていたと思う。あの日、あの廊下で出会わなくても。だって、翼さんのいない今を想像できないのだから。そんな未来が来ていたかもしれないなんて、そんなことがあり得ていいはずがない。

「ちょっとこっち」

おいで、と隠れたように手招きをする翼さんになんですかと駆け寄る。寮のエントランス、バイトが始まる少し前。正直、今日は会えないと思っていた。思っていたからこそ夜中にメールで「誕生日おめでとうございます」と送ってはいたのだけど。こっそりと共有ルームに置いて帰ろうとしていた誕生日プレゼントを後ろ手に隠しながら思いもしなかったチャンスに内心うずうずとした。

「何あのメール!」
「は?」

思ったよりも低い声が出ていたことに自分でも驚いた。開口一番、不貞腐れたように翼さんに指摘されたのは本日午前0時に送ったメールのことだ。おめでとうと送ったメールに何か問題でもあっただろうか。翼さんのことだから就寝中だったとしても着信で起きるなんてことはないと思ったのだけど。

「あれから電話でも来るのかなって暫く待ってたんだけど」
「はい?」

ぶぅっと大袈裟に頬を膨らませた翼さんの発言に思わず聞き返してしまったのは私のせいではないだろう。

「夜中でしたし」
「いつもかけていいって言ってるじゃん」

中々機嫌の直りそうにないその人に、いつもの悪態を吐きそうになるのを我慢しながら仕方なく宥めることにする。確かに直接おめでとうございますと伝えたかったのは事実だ。けれど、何をしているのか分からない状況で、もしも撮影が長引いていたりしたらとか、そんな中で電話を掛けるという手段を選び取ることは出来なかった。…いつものことではあるんだけど。

「…翼さん、」

つーんっと完全にへそを曲げてしまっているらしい翼さんに向かってゆっくりと背伸びをする。人があまり通らない物陰、きっと誰にも見つからないだろうけれど。触れようと精一杯つま先を立てても生憎あと数センチ足りない。今日は随分とへそ曲がりだ。どうやら屈んではくれなさそうな気配に、どうやって機嫌を治してもらおうかと思考を巡らせれば、上の方から震えた様な笑い声が聞こえてきた。

「なに、そんなにキスしたかった?」

大胆、とケラケラと笑い出した翼さんはいつものそれそのもので。曲がったへそがやっと治ったのかと安心したと同時に、おちょくられたような気持になる。

「次はちゃんと屈んであげるから、おいで?」

競り勝ったように笑う翼さんに、何か言い返そうかとも思ったけど。今日は誕生日だ。年に一度の、生まれた日。大好きな人が、この世界に誕生した日。出会えなかった未来なんてなかっただろうとは思っているけれど、それでも出会えたのは「奥井翼」という人間がこの世に生まれてきてくれたからだ。翼さんが、翼さんらしく今でもこうやって笑っていられるのはそういう道筋があったからだ。だから、今日くらいは素直でいよう。負けず嫌いの意地っぱりはどこかに置いてこよう。いつもよりもたくさん、好きを伝えよう。だって、今日は特別な日だから。