吐息を数える

そっと、触れたのが分かった。
「好きだ」と言われて、それからどれくらい経って、私も返事をして。ああ、なんだか今まで長かったような短かったような。私の中では、ゆったりと、ゆっくりと一歩一歩進んでいた時間がもしかすると陽にとっては長い長い、焦らしの時間だったのかもしれないし、私と同じようにのんびりと歩くような、そんな時の流れだったのかもしれない。そんなことは、分からないし分かろうとする必要もないけれど。

「はなって思ったよりも小さいよな」
「そう?身長は低い方ではないと思うんだけど」

モデル時代は周りに170p台の子達なんて沢山いたし、私も身長は高い方ではなかったけれど。アイドルの中ではそれなりに身長がある方だと思う。陽に比べれば確かに負けるけれど。少なくとも私の年代の女性における平均身長よりは高いはずだ。

「俺の腕の中に収まるんだからちいせえってことにしといてよ」

ほら、っと引き寄せられて尻もちをつくようにバランスを崩せば、すんなりと腕の中に収まってしまう。そう言う陽も案外力強い。そのまま後ろから回された腕を見て、指に触れてみればやっぱり私の手のひらよりも大きい。それにずっとごつごつしていて、女の子のそれとは随分と違うんだなぁ、なんて思ってみたりして。

「…陽も男の子だったんだね」
「なぁ、それ今更気が付いたように言われると微妙に傷つくんだけど」

俺はずっと前から男だろ、だとか言われてしまうとそうだね、としか返せはしないんだけど。背中から熱が伝わってくる。ああ、それがあったかいなぁ。とか、落ち着くなぁとか。色々と思うことはあるけれど。

「うん、やっぱり好きだなぁ」

この空間が、音が、声が。体勢のおかげで丁度耳元あたりから聞こえてくる明るい声色も、呼吸の音も。触れた指先から伝わってくる温度も、ほんの少し身体を預ければ聞こえてくる心臓の音も。それらすべてが本当にこの人が好きなんだと、私に教えてくれる。私だって恋をしたことがないわけではないけれど。でも、今この瞬間が今までで一番恋をしていると実感させてくれる。思わせてくれる。ああ、陽はずるいね。

「安心しきってくれてんのは嬉しいけど、はなさん。俺も男だからな」

陽のため息が降ってきて、同時に先ほどまで私が触れていたはずの指先がやんわりと私の唇をなぞる。不思議だよね。私よりもずっと骨ばっているように見える指先なのに、なぞっていくその感覚はとても優しくて柔らかいのだから。

「…その気にさせてくれたらいいよ」

しっかりと目を合わせる。いいよの合図は、伝わったかな。一瞬、きょとんと揺らいだ陽の目が笑い出した。

「もちろん、言われなくても。な?」

もう一度、目が合った。それはきっと始まりの合図で。そうしてゆっくりと、触れた。確かにゆっくりと、それは永遠の様に感じたけれど。きっと時間に換算したら一瞬のことなんだろう。そして、もう一度、もう一回。あと一回。何度触れたかは覚えていない。ひたすら夢を見ているような感覚だったから。もしかすると、これは本当に夢かもしれないなんて思ったりもしたけれど、混ざった吐息が――触れた温度がこれは現実なのだと教えてくれる。先ほどまで背中に陽の温度を感じていたはずなのに、気が付けば目の前に陽の顔があって背中には柔らかなベッドの感触がして。

「はな?」
「…もっと」

今度は自分から近づいて、触れてみる。目が合ったね。陽の瞳はよく丸くなるけれど、いつだったか夜くんにそれを話したら「はなさんだからじゃないですか」と返されたことがある。それは本当なのだろうか。この顔が、私だけが独占できるものならそれはちょっとだけ優越感なのだけど。ファンの誰も知らない。グラビはもちろんプロセラのみんなも知らない顔。それが私だけのものなら、それだけでもいいかなって。思えたりもする。

「だー!ほんっと、はなそういうところあるよな」
「陽よりもお姉さんだからね」

それは関係ないだろ、と照れ隠しの様に被さった唇に笑い声も一緒に飲み込まれた。行き場を失ってしまった手を持て余していれば、陽の指がまた滑るように手のひらをなぞって。ほんの少しの間遊ぶように指の間をなぞっていたけれど、そのままやんわりと絡み合ったのが分かる。

「溶けそう」

このまま、熱に侵されてすべてを支配されて、溶けてしまったらそれはそれで面白いのかなとか。思ってみたりもして。

「なんだそれ」

そしてまた熱に浮かされる。吐息ごと混ざって、酸素なんてきっと脳まで届いていないんじゃないかな。脳髄まで麻痺したように、陽に侵される。思考はすでに止まった。ただ、触れられて、温かくて、幸せで。相変わらず優しいなぁ、なんて思うけれど伝わってきた心臓の音がさっき聞いた時よりもずっと早くなっていたから――もしかするとこういう気持ちを愛おしいって言うのかもしれない。

「陽も一緒に溶けてくれないと嫌だからね」
「お前、ほんっと、そういう…」

覚悟しとけよ。と言った陽の目がいつもよりもずっと熱っぽく見えたから。大人しく目を閉じて。これから浮かされるだろう熱に期待した。