いつも都合の悪い神様へ
小鳥の鳴き声で目が覚めて、あぁこれは雀かなぁなんて思ったりして。横に眠っている深夜くんを起こさないように少しだけ見つめて、目にかかりそうだった前髪をそっと払って、それからそうっとベッドから抜け出して。この季節にもなるとひんやりとした台所で、ポットでお湯を沸かしながら冷蔵庫を確認して朝食の献立を決める。顔を洗って、歯を磨いて、簡単に身支度をして、エプロンをつけて、コンコンと玉子を割ってフライパンの上に落としたりして。パンを焼いて、コーヒーを入れ終わった頃に「おはよう」とニコリと笑った深夜くんと目が合うの。
「いつから見てたの?」
「最初から」
はなが起きた時に目が覚めたんだよねと、淹れたてのコーヒーに口を付ける深夜くんを見つめながら苦笑いをする。起きてたなら話しかけてくれればいいのに、見ていたい気分だったんだよ、今日は晴れるかな、昨日グレンが大笑いしてたから雨なんじゃない?そんなことを話したりして。夢のような未来がいつか、いつか、来たらいいのにと願わなかったことがないといえば嘘になる。
何度妄想を繰り返しても、世界は一向に「同じ」ままだ。前だけを見て、走り続けてもその先に何があるかなんて分からなくて。ずっとずっとその先にある何かが希望であればいいのにと願うことだけはやめられないのだ。
「ところでさ〜」
丁度日付も変わった頃、なにかご褒美ってあるのかなと、深夜くんが呟いた言葉にきょとんとする。世間話でもするように、突拍子のないことを言い出すのは今に始まったことではないけれど、突然出てきた「ご褒美」という単語はあまりにも今とは不釣り合いで。
本当になんでもない夜なのだ。何でもない、深夜くんが生まれた日。こんな世界に生まれて今まで生きてきたことを、「おめでとう」だなんて簡単に片付けていいものではない気もするけれど、少なくとも「今まで生きてこれた」ことには感謝するべきだ。だからおめでとうではなくて、ありがとうと今年は伝えてみたら「5回くらいはほんとに死ぬかと思ったけど」とへらりと笑い返された。
「ご褒美?」
「そう。いやもう何か僕ら名古屋あたりから頑張りすぎじゃない?長期休暇貰ってバカンスとかしたいよね」
ハワイとか良くない?ワイキキで水着でビーチバレー、ケラケラと笑う深夜くんにそうだねと笑い返す。この世界の海は毒だ。青い空の下ワイワイと気を休める場所なんて存在しないんだろう。一度世界は滅亡した。その中でも人間はしぶとく生きている。「鬼呪」の力を持った私たちがいい例なわけだけど。
「私ね、いちごのかき氷が食べたいなぁ」
「あはは、舌赤くなるやつだろ」
「深夜くんは何味?」
「僕も食べるのかよ〜。ブルーハワイ。うわ、舌青くなるじゃない」
寒さもどこからかやってくるこの時期に、かき氷の話なんて、季節感がないのもいいところだけど。そういう「妄想」はきっとこれからも、ずっと、くだらない話を続けるんだろう。みんなで集まって、少し古い機種のゲームをして、それも今はバタバタとしていて出来ないけれど。いつかこの戦いが終わったら、いつか、またいつか、帰れたら。きっと、みんなで集まるのだ。少しだけ煩わしそうな顔をしたグレンくんも、小百合さん達に背中を押されて、得意げな美十さんがゲーム機を抱えて持ってくる。
「でも今年の誕生日は賑やかになりそうだよね?」
「あはは、なんて言っても吸血鬼付きの誕生日だからね。もう二度と経験できないんじゃない?」
落ち着く暇もなさそうだよね。ついこの前、名古屋で戦ったばかりの、殺されかけたばかりの吸血鬼と一緒に行動をしているなんて、いくら現実は読めないとはいえ流石に想像はしていなかった。もちろん、信用している訳では無いけれど。現実とは奇なりで、もう何がなんだか。ただ「家族」が生きている、みんな一緒にいられている。グレンくんはまだ何かを隠しているんだろうし、私が気がついた時には事態はよくわからない方向に転がっていたから、正直飲み込めないことの方が多いけど。
それでも、みんな生きている。シノアさんの隊も、鳴海くんも。グレンくんはもちろん、小百合さんも時雨さんも、五士さんも美十さんも。それから、深夜くんも。みんな、まだこうやって地に足をつけて立っていられる。それが、幸福なことかどうかはやっぱり分からないけれど。喪わずにいられているのは、幸運なことなのだ。
「ね、深夜くん」
ひんやりとした部屋では、風の音とどこからか聞こえてくるぼんやりとした誰かの話し声しか届かない。少し肌寒すぎるくらいだ。やけに静かすぎるその空間が、寒さを助長しているのかもしれない。それでも、明日の朝になれば騒がしくなってバタバタとみんなの声が聞こえてきて。優一郎くんのやけに明るい声が、ほんの少し世界を暖かくするのだ。そんな、賑やかさも悪くないけれど。
「コーヒーでも飲みませんか?」
「今夜は寝かせないぜ〜って?はなのスケベー」
「ホットミルクでもいいんだよ」
ハチミツはあったかなぁ、とわざとらしく言えば誕生日様だぞと、ケラケラ深夜くんが笑う。なんでもいい。ただ、この少しだけ寒い時間をもう少しだけ、独り占めしていたいと思っただけ。
「本日の主役だぜ?わがまま聞いてよ」
「わがまま」が指す意味をなんとなく理解しながら、仕方ないなと引き寄せられた腕にそのまま体重を乗せたのは私なのだから、大概だ。
どうか、この先も。例えこんな世界のままだったとしても、ありふれた日常を望めないとしても。「世界」が終わらないように、その先には希望があるのたとせめて願っていられたらいい。そうして、明日も、そのまたずっと未来でも、何があったとしても、こんな時間があればいい。どうかそれだけは、奪わないでといるかも分からない神様に都合のいい私は、祈ってしまうのだ。