蝶の夢こそまこと
外を歩けば一斉に合唱を始める蝉の鳴き声も、風と一緒に運ばれてくる噎せ返るような暑さも、いつの日かみんなと見たあの流れ星も。全部、それは夏にあった。
「タツヤくん、」
リンリンと鳴る、風鈴の音が涼しい。音だけで涼しい気持ちになれるだなんて、昔の人は偉大だと思いながら、扇風機でパラパラと捲られそうになったノートを慌てて抑えた。同じく少しだけ熱そうにシャツをパタパタとさせながら隣で麦茶を飲んでいる「家族」に話しかける。午前中はみんなサッカーをして、午後はお勉強。晴矢くん達は宿題を放置して我先にと知らない間に出かけて行ってしまったみたいだけど。そんなこともいつも通りの話で、誰かが隣にいる騒がしさも、静かさも、全部全部私の日常の中にある「当たり前」の事なのに。少しだけ不思議な気持ちになるのは、変な夢を見たせいだ。
「あのね、今日不思議な夢を見たんだよ」
なんてことはない夢なのに、どうしてだか、とても不安になったそれを誰かに話さなければいけないような気がして、話さなければ、何かが起こってしまうような気がして。そんなこと、起こるはずがないのに、分かっているのに、誰かに聞いてほしいと思ったのだ。
「不思議な夢?」
きょとんと持っていたコップを机の上に置いたタツヤくんにゆっくりと向き直る。ある日突然大きな隕石みたいなものが空から落ちてきて、お父さんが私たちを宇宙人にしてしまう夢。タツヤくんと同じ顔をしている男の子は「ヒロト」と呼ばれていて、なぜだか苦しそうにサッカーをしているの。みんな大好きなサッカーをしているはずなのに、どこか苦しそうで、誰一人笑ってなんかいなくて。私は一人、真っ暗な場所からポツンとその様子を眺めているのだ。
「…はなは怖かったの?」
「わからない」
「怖かった」ことは確かなのに、それを「怖かった」のだとはっきりと肯定するのは少しだけ躊躇ってしまう。それどころか、懐かしかったような気さえするのだから不思議だ。私だけど私ではない誰かを見ているような、ずっと会えなかった人にやっと会えたような、そんな得体の知れない感覚。ただの夢だと分かっているのに、夢を夢だと完全に受け入れられない私も居る。
「怖い夢なら人に話すと良いって言うんだけどね」
困ったなぁ、とタツヤくんが笑う。私も中々返答のしようのないそれに、何と返せばいいのか分からなくなって、ぐいっと氷が溶けて随分と薄くなっていた麦茶を流し込む。この不思議な感覚も、麦茶と一緒に飲み干してしまえればいいのに。
「お代わり、いる?」
「うん」
ちりんと、鳴った風鈴の音はどこか遠くから聞こえたような気がした。