置いていかないで
「はな、」
風邪引くよ。やれやれと言わんばかりに上から降ってきた声に顔を上げる。流れる星より近く、触れられるその人はどうやって盗みいったのだろう。見慣れたブランケットが顔の上に降りかかる。
「…泥棒」
「人聞きが悪いな、きみの忘れ物だよ」
雑に被せられた私物を剥ぎながら、折角なので羽織ってしまう。少し肌寒かった身体にはちょうど良かった。わざわざこんなものを持ってきたのだ、この人が今ここにいるのは偶然ではないだろう。ふらりと、流れ星に惹かれてこんなところまできた私を探して追いかけてきたのだ。
「先生、」
「なんだい」
どうしてここに、なんて馬鹿らしい問いは飲み込んだ。呼ぶだけ呼んでおいて、だとかわざとらしい不満が聞こえてくるけれど。勝手に私を探したのはあなたでしょう。
「そんなもの、掬えないのに」
──ポッシデオ、聞きなれた呪文がやけに明瞭に聞こえて掬えなかった星の代わりに手のひらにはシュガーが乗っている。ロマンチストでもないくせに、何事かと上を見上げれば、どうぞと機嫌のよさそうな笑顔が返ってきた。仕方なく1粒摘んで口の中に放り込む。じんわりと甘くて、身体が少しだけ温まったような気がした。
「そんな幻よりもこっちの方がいいだろ」
「…夢を見たい気分なんですよ」
「ははっ、それなら追いかけてみる?」
一緒に。咄嗟に、塞がれた視線に指先が冷えていくような気がする。髄がシンとして、縛られる。お得意のそれは、不思議と怖くはなかった。ぽちゃ、と水がぶつかる音がしてそうしてゆっくりと、風が水面を撫でていく。ざわざわとしているのは、肌寒さのせいか心のせいか。
「その先は冷たいだけさ。追いかけても何も無いんだから」
そう言って、急に引き寄せられた体温に戸惑いながら、急にひらけた視界に入る星空は相変わらず綺麗だけど。まるで、何かに縋るように握りしめられたままの左手に、移る感覚が震えているような気がするのは、きっと。冷たい湖を滑った風のせいだろうと気が付かないふりをした。