愛し君へ祝福を

──ずっとずっと、私がお祝いしてあげる。だから笑って、なんて。そんなことを言ったのはいつだっただろうか。約束にも誓いそれはリナトがクリロワに引き取られてから暫く面と向かってお祝いすることはほとんどなくなっていたのだけど。何かお祝いごとがある時、イベント事がある時、そこにはいつだってジークがいた。だから、初めて2人で誕生日を迎えた時余りにもリナトが寂しそうな顔をしていたから、そう言ったのだ。その瞬間だけのまやかしでも、慰めでも、リナトが笑ってくれるならそれで良かったから。
その当時の私にできるプレゼントとといえば紙で作った花だとか、見つけてきた綺麗な花を押し花にしたりだとか。今思えば花ばかりだったような気がする。それが当時の私にとって1番素敵なプレゼントだと思ったのだ。1番綺麗で、可愛くて、何よりリナトに似合っていたから。…今そんなことを言ったら怒られそうだけど。当時もうっかりそんなことを伝えてしまった時は不貞腐れられたような記憶がある。「男なのに」なんて、あの頃は可愛げがあったくせに。人のことは言えないかもしれないけど。

「…やっぱりリナトの味覚はおかしい」
「イオリも大概だと思うけど」
「イオリも異常だけどリナトよりは普通よ」
「酷いな」

リナトの誕生日だからと、用意されていたケーキはリナトの分だけ特別製。ウィリアムさんのことを悪くいうわけではないけれど、苦いケーキなんて食べるリナトの気が知れない。そんな特注ケーキを用意したウィリアムさんが可哀想だ。…一口食べてみたけれど、あれをケーキと認めてはいけない。ケーキに失礼だろう。甘党のイオリもイオリでどうしてわざわざ食べたのかとは思ったけれど、流石に可哀想だった。

「それで。何か用があったからわざわざ呼び出したんだろ」
「ないって言ったら?」
「へぇ。はなは俺と無意味な時間を過ごす趣味でもあったんだ」

それも悪くはない。絶対に言ってあげないけど。リナトの言う「無意味」の中にも私にとっては「意味のある」時間になるだろうから、とか。そんなことを恥ずかしげもなく伝えられるような可愛らしさはどこかに置いて来てしまった。もちろん、今回に関しては理由があって呼び出したのだけど。…それを伝えるための勇気が出ていないだけで。

「それで?何を隠してるんだい」

中々本題を切り出さない私を見かねたらしいリナトが、半分ため息交じりに問いかける。こういう時だけ鋭いのだから嫌になる。いつも言いたい事なんか察してもくれないくせに。相変わらず察して欲しくない時だけは察しがいい。とはいえ、今回の用事だけは是が非でも日付が変わるまでに何とかしなければいけないのだけど。そっと後ろ手に持った(見えないように魔法まで使って隠しているけれど)花束を握りしめる。プレゼントといえば、と咄嗟に選んでしまったけれど、昔から思考回路が変わらない自分自身に頭痛がしたのもまた事実だ。

「はな?…言わないのは構わないけど、危ないことに首つっこんでるとかじゃ」

あくまで真剣に投げかけられた質問に思わずきょとんとする。そんなわけがない。例の活動の間ですら危ないとリナトが判断したものは私に関わらせようともしないくせに。その分どうやらイオリに回っているらしいから申し訳ない。夜なら私だって動けるのに、とか何度かそれらしいことは伝えたことがあるけれど上手くはぐらかされてしまうから文句を言うのはいつしかやめた。

「…今日は誕生日でしょ」
「え?」

深呼吸を一つ。心を落ち着けようと深く息を吸い込みすぎたせいで少し咽そうになったけれどなんとか抑え込む。さっきからなんだか私ばかり思考が空回りしているようでかっこ悪い。隠していた花束を隠していた魔法を解けば、ふわりと甘い香りがする。花の、匂いだ。

「これ、」

いざ渡すとなると、こうも成長のないプレゼントがどうしようもなく恥ずかしくなってきてリナトから視線を逸らす。そもそも、こんなプレゼントを昔渡していたなんてことすらリナトが覚えていなかったらどうしよう。覚えていたとしてもそれはそれで恥ずかしいかもしれないけれど。リナトの視線が刺さる。だんだんと居たたまれなくなってきて、なかなか受け取ってはくれないそれを半ば押し付けるように無理やり渡す。

「…こんなので悪かったわね」
「いや…」

予想していた雰囲気とは違う呆けたようなリナトの声に、恐る恐る視線を戻せばじいっと私を見つめる瞳と合ってしまった。

「り、リナト?いらないなら返しても」
「これでいい」

そんな返事が聞こえてきたとほぼ同時に引かれていた身体はいつの間にかリナトの腕の中に埋まっていて。鼻孔を擽る花の香りにいつの間にか上がり切っていた心拍数が落ち着いていくような気がする。

「…これがいいよ」

そう、耳元で囁かれたかと思えばやんわりと髪の毛を掬うリナトの手がくすぐったくて目を瞑る。随分と髪を弄るなと、思わず逃げようとすれば駄目だと制される。多分、それほど長い時間ではなかったと思う。けれど、私にとってはその時間が途方もないほど終わらない永遠のように思えて、それが余計に恥ずかしくて、むず痒くて。何をしているのかと、ぎゅっと閉じていた瞼を開けば、満足そうに笑ったリナトと丁度視線が交わった。

「はは、でもやっぱり花ははなの方が似合うんじゃない?」

俺じゃなくてさ、と先ほどまでリナトが触れていた場所にはどうやら私が渡したはずの花が絡められているらしい。やんわりとそこに触れれば確かに滑らかな花の感触があった。
――はなの方が似合うんじゃない?
その言葉の裏には、私と同じ記憶がリナトの中にもしっかりと残っているのだと思ってもいいのだろうか。あまりにもそれは都合のいい妄想だろうか。ああ、でも。今は何でもいいか。だってこれは、私がリナトにした数少ない「約束」で、今日の主役はリナトなのだから。その答えは、今知らなくてもいい。いつかの未来に、訊ねる楽しみがあってもいいじゃないか。

「誕生日、おめでとうリナト」

人からの好意を上手く受け取れなくなった貴方に、囚われるものが多すぎて、諦めても抑え込んでもきっとこの先もそのしがらみを増やしていってしまうだろう貴方に。ただ唯一忘れない約束を――祝福を。どうか、今年もこの先も、少しでも心の底から笑える瞬間がありますように。幸せだと思える瞬間がありますように。その時、私が隣にいられたらきっと嬉しいことなんだろうけど。逃げてもいい、泣いてもいい。私はまだリナトの家族でありたいから。リナトが、リナトでいられる場所でありたいから。泣き虫だった貴方へ。面倒見がよかった貴方へ。人一倍臆病で、寂しがりで、優しい貴方へ。私から送る精一杯の祝福を。

「来年もまた、ずっと、私が祝ってあげるから」

だから、これからもどうか、笑っていて欲しい。