嘘を吐く
でも、ひとつだけ。これだけは勘弁してほしい。
「鶴丸さん、手入れが終わったらお話があります」
「……分かった」
今の表情は「やってしまったな」っていうひきつった顔。私が審神者になってから何度見たのか分からない。少なくとも今月に入って3回は見た。
そう、鶴丸さんは笑うのが得意だ。そして、誤魔化すことも。検非違使の登場で戦況は厳しくなって、皆さんが無傷で帰ってくるということも少なくなった。これは私の不甲斐なさもあるのだから本当に申し訳なくて、それでも出撃をさせなくてはいけない。それでもそれが私に課せられた役目なのだから、その分皆さんにはできるだけのことをしてあげたいと考えている。もしかしたらこれは私の独りよがりな願いなのかもしれないけれど。それでも、一人残らず破壊されることなく無事でいて欲しいと思うのは悪いことではないだろう。
「こんなに大けがをしているのに、我慢しないでください」
いつからだろう。鶴丸さんが怪我をしていることを言わなくなったのは。多分、検非違使がの出現が確認されてからしばらく経ったくらい、だと思うのだけど。「運よく無傷なんだ」と、真っ白だった着物を真っ赤に染めているにも関わらず笑うから。「派手にやり合ったからなぁ。鶴にしては赤すぎるか。なぁに、心配するな返り血さ」だなんて、いつもと変わらない優しい手つきで頭をくしゃりと撫でるから。あの日、他の刀剣たちも大けがをしていて私も気が動転していて「大丈夫だ」と笑った鶴丸さんの嘘に気が付けなかった。みんなを手入れをし終えた時、歌仙さんに「そういや鶴丸殿の容態はどうだい?彼は一番怪我が酷かったはずだけど」と言われて初めて気が付いたのだ。全身からさぁっ、と血が抜けてしまうような気がした。驚いて青ざめた私の表情は面の下に隠している表情さえも筒抜けになっていたようで、歌仙さんに肩をゆすられたことを覚えている。
やってしまったという後悔と、どうして気が付けなかったのかと自己嫌悪に陥りながら本丸中を走り回ってやっと見つけた時、ぼうっと外を眺めながら生気すら失ったように空を見上げる彼を見た時には、このまま消えてしまうのではないかと思った。
「……こんな怪我をしていると知ったら君はまた泣くだろう?」
ふと、鶴丸さんに手当てをしていたはずの右手を握られて我に返る。目の前には大好きな笑顔。でもそれが悲しそうで、心が痛んだ。
「怪我を我慢されるのも悲しいです」
「難しいな、君は」
カラカラと笑って、それからぐっと引き寄せられた。
「君がどうやったらいつも笑顔でいられるかと考えていたんだ」
自分の怪我で泣かせていたらわけないな。弱々しく呟いた鶴丸さんにどうしようもない気持ちになる。皆さんの怪我を治すとき、刀剣たちが大怪我をして本丸に返ってきた時、どうしても泣いてしまうのは私の悪い癖だ。それが彼を苦しめていた。鶴丸さんは優しいから、時には自分も犠牲にしてしまうような方だから、誰でもない私の為を思って怪我を我慢してくれているのは分かっていた。でもそれが私を泣かせない為だったなんて。自分の心の弱さが嫌になる。私の為に、怪我を我慢するなんて。私が泣かなければ、きっとこんなことにはならなかったのだろう。私がもっと、気丈に対応できる人間だったなら、もっと、学がある人間だったなら、何か違っていたのだろうか。
「俺たちは道具だ。人を切ってなんぼ、殺してなんぼ、戦いの中で折れるならそれすら本望だと思ってるやつらもいる」
「え、」
ぐいっと顎を持ち上げられて、眼前に迫った顔に思わず目をそらす。逸らすな、とは言わない。ただ、淡々と言葉を続けた。
「折れても次がいるからなぁ。”俺”じゃない”俺”もいるだろう」
人とは違うから。主に代わりはいないと、いつだったか言われたことがある。人は死ぬ。刀には、道具には「死ぬ」という感覚はない。折れるだけ、使えなくなるだけ。――消えるだけ。そしてまた、新しく作られ、付喪神として具現化する。しかしそれは「同じ刀剣」であって「違う刀剣」なのだ。私達と同じ時間を過ごし、生きた刀剣ではない。まっさらな、刀剣だ。それなら人が死ぬことと一体何が変わるのだろうか。誰一人として同じ人間はいない。一つ一つ同じ刀剣はいない。それなら、同じじゃないか。
「それでも、俺たちは君とは違う」
そう伝えると、鶴丸さんは決まってそう答えるけれど。
「俺もやり方が悪かったんだ。君が泣くことを責めているわけじゃない」
バツが悪そうな声色に思わず目を合わせれば、今までに見たことのないような表情をしていた。大好きな笑顔でも、悲しい顔でも、つらそうな顔でも、もちろん幸せそうな表情でもない、曖昧で微妙な顔。少しだけ拗ねたように、唇を尖らせているから。それがなんだかおもしろくなって思わず笑いを零せば、ぐっと恥ずかしそうに頬を抓られる。痛いけれど、何故だか幸せだ。
「やっと笑ったな。雰囲気でわかる」
どんなに顔を隠していても、表情も、心の中ですら見透かされているような気がする。私がなれなかった「神様」は今この目の前にいる。手を引いて導いてくれる。そんな存在。それは少しだけ恥ずかしいけれど。
「くく…っ、君今自分がどんな顔をしているかわかってるか」
面を捲ってもいないのに、私の表情を読んでケラケラと笑う。ああ、その笑顔が好きなんです。私がしているらしい、いわゆる「変な顔」でその笑顔が作り出せるなら悪くない、と思う。
「でも、次も黙っていたら本当に怒りますよ」
「おおっと、こいつは上手く誤魔化す方法を考えておかないとな!」
そう、カラカラと笑うけれど。次はきっと嘘は付かないだろう。そんな、予感がするのだ。