食わず嫌いの焼いた餅
「あ、あの神楽さん?」
そう呼びかけて、何度目か。未だに1度も返事をもらっていないのだ。何か苛立たせるようなことをしただろうか。いや、苛立たせるという点ならほぼ会うたびに神楽さんにはなにか一つ以上文句に近いものを貰っている。…そうなのだ。今日はそのいつもの言葉が全くない。部屋を訪ねて、迎え入れられて。普段ならそこで私を待っているのは文句や嫌味のはずなのだけど。今日は、ずっと沈黙で。流石に息苦しくなってきて神楽さんに話しかけてみたり「いい天気ですね〜」だとか言ってみたり。なんとか空気を変えようと私なりに努力はしているはずなのだけど。相も変わらずここにあるのは沈黙だけだ。
「か、神楽さーん。何かあるなら流石に言ってもらわないと」
困ります。そう続けたとほぼ同時に神楽さんのため息が聞こえてきた。大きなため息を一つ。にじみ出る不機嫌さに肩を揺らせば、今日初めて目が合った。
「マフラー」
「はい?」
トゲトゲしく、今日初めて神楽さんから発せられたのは「マフラー」という単語だけ。全くなんのことやら分からない。私の理解力が乏しいせいなのかと、あまりに不機嫌な神楽さんの態度に思いかけたけれど、流石にこれだけ言われて伝わる人間はいないだろう。槙くんあたりはもしかしたら分かるかもしれないけれど。私に神楽さんの心を読めと言われても無理だ。
「あの、流石にマフラーだけではなんのことだか」
「はぁ?」
絶対零度の視線。確かに私が何かしてしまったのかもしれない。それは反省しよう。理由がわかったなら謝ろう。けれど、それだけじゃ何を求められているか私は全く分からないんですよ。言ってくれなければ分かるはずがないでしょう。普段私が、きちんと答えを提示出来ない時は怒るくせに、自分はそうやって「分からないの」とでも言いたげに怒るんですか。あぁ、もう。何だか私まで腹が立ってきた。何を言っても答えてくれないなら、もう問いただしてでも聞き出してしまえばいい。今回ばかりは神楽さんも悪いのだ。
「だから!なんでそんなに機嫌が悪いのかはっきり言ってくれないとわからないんですって!!」
少しだけ声を荒らげて立ち上がる。一瞬、神楽さんのきょとんとした顔が見えた。けれど、それは本当に一瞬のことで。みるみるうちに不機嫌マックスと言わんばかりの表情へと変わっていく。絶対零度だったはずのそれは段々と熱を増しているみたいで。
「馬鹿みたいにへらへらした顔してメンズのマフラー着けてくるはなが悪いんでしょ。似合ってないって分からなかったわけ?」
「……はい?」
確かにマフラーは着けてきた。けれど、やっぱり何に対して神楽さんが怒っているのか未だに結びつかない。確かに安物のマフラーだし、神楽さんから見ればセンスはないかもしれない。メンズものとはいってもなかなか可愛い柄をしているし、女の私が着けてもおかしくはないと思って買ったのだけど。というか、似合ってないのならいつもみたいに出会い頭に文句をいえば良かったのではないだろうか。
「確かにメンズものですけど!別に良くないですか?結構可愛い柄してると思うんですけど」
「信じらんない。そういう問題じゃないでしょ。誰に貰ったか知らないけど、一応女の君にメンズをプレゼントする男も頭おかしいけど、それをわざわざ僕に会いに来るのに着けてくる君も君だと思うんだけど」
「だから!これは別に……ってはい?」
今神楽さんはプレゼントと言っただろうか。聞き間違いでなければ、確かにそう言ったはずだ。
「あの、これこの前セールで安くなってから買ったんですけど」
誰にも貰ってないです。と説明すれば「は、」と神楽さんの動きが止まる。
「……あぁ、そっか。はなはそういう…」
脱力したように顔を下に向ける神楽さんの態度の変化についていけない。結局いったい私は神楽さんに何をしたのだろうか。
「か、神楽さんって人から貰ったプレゼントとか嫌いな人ですか?」
「はなは僕をどんな人間だと思ってるわけ」
「で、ですよね?」
でも、いつの間にか機嫌は戻っていたようで良かったと思う。結局私は何を怒られていたのか分からなかったけれど。未だに顔を上げない神楽さんに「今日は何の用事で私を呼んだんですか」と話しかければ「今ちょっと黙っててくれない」と返ってくる。よし。返事がちゃんと来た。なんて、当たり前のことに心の中でガッツポーズをしながら、ちらりと見えた神楽さんの耳が赤くなっているような気がして。
──馬鹿みたいにへらへらした顔してメンズのマフラーを着けてくる君が悪いんでしょ。
突然思い出した台詞に、機嫌が悪かった理由が浮かんできて。思いついた一つの可能性にそんなはずはないと首を振って打ち消した。