この世界に神はいない
※タイトルはうしおさんから頂戴しました
神 とは。
───曰く、『人知を越えてすぐれた、尊い存在。宗教的信仰の対象としても、威力のすぐれたものとしても考えられている。*1』
───曰く、『信仰の対象として尊崇・畏怖 (いふ) されるもの。人知を超越した絶対的能力をもち、人間に禍福や賞罰を与える存在。キリスト教やイスラム教では、宇宙・万物の創造主であり、唯一にして絶対的存在。「神を信じる」「合格を神に祈る」「神のみぞ真実を知る」*2』
───曰く、『宗教信仰の対象。一般に絶対的、超越的な存在とされ、原始信仰の段階では人間をこえた力と考えられ、高度宗教では超越的力を有する人格的存在とされるのが普通。このような神には、善神のみならず悪神をも含む。また西洋の神秘主義や東洋の宗教のうちには神を存在としてではなく、存在の根拠あるいは無とみる傾向もある。崇拝対象の相違によって多神教、唯一神教,一神教などの種々の形が現れる。神に対する人間の態度は一般に信仰・信心と呼ばれ、神学はこの信仰を理性的に理解しようとする試みであるが、現在再び合理性をこえた原初の信仰復興への動きもある。日本の神という言葉は漢字の「神 (しん) 」に日本語の「かみ」をあててつくられたもので、各種の観念が複合され内容も複雑である。たとえば本居宣長は森羅万象に「かみ」の存在を認めており、すべての魑魅魍魎をも神とした。*3』
世界に存在するすべての物事が、曖昧などこか感覚的な言葉によってではなく、味気のない数式のみで表すことが出来るようになった時代。とある山の上には、0と1で組み上げられた時の流れに取り残された、自然に呑み込まれる一歩手前といった体で建っている屋敷があった。顔も合わせたことの無い父方の祖父がその生が終わるその瞬間まで住んでいた場所。整備された街区で生まれ、生きて来た私には想像することすらできなかった空間。饐えた臭い、足を踏み出すたびに軋む床板。ネットワークから分離され秘められてきた箱の内には、シビュラの検閲の対象外となり生き延びることを許された旧いデータ群や現代ではまずお目に掛かれない旧時代の記録媒体の一種(───これが本、というものなのだろう。)が数多く残されていた。私へ背を向けて書架に並んだそれらのうち、目に止まった華美な装飾の施された幾つかを引っ張り出してみれば、それには『神』について、先のようなことが事細かに記されていた。
父の家系は昔、この辺りの山に棲む『神』に仕える一族であったらしい。しかし残念なことにその血を継いでいる私には、目で見ることのできない『神』とやらが、年老いて尚、生活を営むことすら難しいこんな寂れた土地に留まり、その人生の大半を捧げるだけの価値があるものだと思うことは出来ない。故に私はずっと、神について知りたいと願ってきた。けれども、この世界にで普通に生きている限り、目にするのは、己が内包する神秘の全てを暴かれ、内臓を撒き散らして地に伏す神だったものの残骸のみ。私はそれらに価値があったとは思えないし、価値のないものに身を殉じる人間が存在したことが理解できなかった。たった一度きりの生を曖昧で不定形なものへと捧げる無意味さを許容できなかった。だからこそ、私は「神などというのは幻想であり、無価値で無意味なものでしかない」と今までずっと断じて来た。それは、自らの血族にそんな愚劣な存在が連なっていることを認めたくなかったからなのかもしれない。
手に取った本は私の「神とはどのようなもので、それは人間が己の生を捧げるだけの価値を保有する概念であるのか」という疑問を解消するには至らなかったが、代わりに「折角の休みの日にこんな所にまで連れてこられた」という不満を払拭して余りあるほど私が今まで知らなかった、知ろうとも思わなかった様々な事象について書かれていた。未だ持たざる知識との邂逅を前に私はこの地へ連れてこられた本来の目的を忘れ、祖父の蔵書を読み漁った。
さらにいくつかの書籍を読むと、どうやら神というものは一筋縄な認識では計り知れぬものであるようだった。私はそれまでの不遜な蔑視の念を投げ捨てて、夢中になって数多の故人の言葉へ耳を傾ける。街や電子の海に溢れかえるデータに見ることのなかった様々な伝承や口伝など、主を喪ってこのまま朽ちていくには勿体のない数多くの現在は禁書とされている類いのものだとわかってはいたが、私は自分の知識欲を満たすことの方が大切だった。費用対効果が思わしくないとのことで政府はここに眠る物ものを捨て置くことにしたのだろう。意固地になって移住を拒み続けた老夫婦二人が隣人も存在しないような、社会から乖離した土地でサイコパスを淀ませたところで何がなせるわけでもない。要はコスト計算の結果、国そのものに切り捨てられたものな訳だ。祖父母も、ここにある本も。そして、勿論、この土地も。
話は元に戻る。神という不定形なものは基本的に現代において存在することを許されない。あれは、本質的には人間の心の明かされていなかった空白を「かみ」と名付けていただけのことに過ぎない。故に、人間の心までをも数字で表すことのできるようになったこの国では存在を許されないものとなり、結果としてこのように捨て去られた土地でしか生存せず、そしてそれ故にこの地域の最後の人間である祖父母には厚い信仰心がそのままに遺された。彼らの信仰の先に何が居たかなんてのは分からないけれども、まれびとである私が目にすることはついぞないだろう。私はただのデータ上の事象としてしか神を識ることが出来ない。それは少し残念だったが、仕方の無いことだと理解をしていた。そもそも。旧いデータベースに記されているとおりの神が本当に『存在する』というのならば、こんな危機的状況に陥った哀れな女の事を救い給うに違いないのだ。なのに私は頭部から血液を垂れ流し、荒縄で後ろ手に縛られて床に転がされている。足も同様に荒縄で縛られているので、文字通り手も足も出ない状態だ。変なところで自らの思考がツボに入り、こんな状況だというのに笑ってしまった。けれどその笑い声はくぐもったうめき声としてしか再生されない。何故なら、私はいつ屠殺されるともしれぬ家畜のように口に縄を噛まされているからだ。こんな場所で悲鳴を上げられたところで誰がその声を聞きつけるのか甚だ疑問ではあるが、下手人がその事を不安に思う気持ちは分からないでもない。それだけ細心を払うだけの理由が彼にはあるのだから。しかし、声の代わりに口から零れ出た唾液がはしたなく首元をヌラヌラと濡らしていくのを感じながら只管に思考を巡らせることしかできないのはいただけない。よくて生贄の羊にしかなれない、そんな今の状況は、私の今までの生き方の否定だ。他者に与えられる結末を受け入れるだけなんて、そんなのは認められない。けれども、拘束を引きちぎるようなことが出来るはずも無く、私は変わらずに床に転がるしか出来ない。何も成せないままに、他人の意志で生命を終わらせられるという事実が私の魂を千々に引き裂いていく。
この国に生きている限り体験することのないと保証されていた、理不尽な暴力に晒されたこの状況でこうも飛び飛びな思考をしてしまう自らの在り方に呆れて、先ほどよりも大きな声が零れた。当然、笑い声にはならないので獣の鳴き声のような音が漏れるだけなのだけれど。私をこんな状態にしてくださった、よく見知った顔をした男はこんな様でもどこか他人事のような態度の私に苛立ちを募らせたようで、突然側頭部をバットで殴りつけてきた時のそれよりもより血走った眼差しで私のことを睨めつける。彼の手にはこの御時世にどこで手に入れたのか分からない、刃渡りの長いナイフが握られていた。明確な悪意、それも殺意や憎しみと呼ばれるものを向けられて、初めて私は自身の中の何かがゾクゾクと湧き上がるのを感じた。それはきっと、この平穏安寧を保証された日々に飽いていた私の心の奥底に眠っていた、非日常への渇望だったのかもしれない。社会の生きていれば決して満たされることのないイレギュラーへの渇望。それが、今まさに満たされようとしていることへの興奮。社会に飼い殺されるだけの日々に飽きていても何も出来ない私の無力で退屈な虚ろさな生活が、こんな例外中の例外に巻き込まれて終わるのならばそれもまた良いのかもしれないと思う。縄に阻まれてくぐもった音にしかならない私の笑いは、それでも確かに相手の精神を逆撫でたようで、男は何が可笑しいのかと叫びだした。男の行動は何もおかしくなどない。おかしいのは彼の娘である私の、自らの死すらもどこか他人事のように考えてしまう非人間性だけだ。恵まれた地位、恵まれた家族、恵まれた容姿に恵まれた生活。将来が保証された誰もが羨むような適正結果。シビュラシステムという名前をしたこの国の歴史に鎮座した女神は、私にこの世のありとあらゆるものを手にすることを許し給うた。安寧なる世界の中、その中心で生きることを。そして、その事実こそが私の生の退屈さの元凶で、その恵みこそが私をこんな無機質な人間へと変えた原因だった。
───人の生活をより豊かにする。彼女につけられたこんな売り文句は聞こえがいいだけの嘘だった。与えられた平和の中で、何者かに与えられた役割に安心してただ呼吸をしているだけ生きているとは言えない。そんなのは養鶏場の鶏の一生と同じだ。注がれる作りものの幸福感の中で顔も見えないなにかに飼い殺されて、自分は幸せなのだと思い込まされたままにいつか溺死するのが彼女のいう人生ならば、今ここで終わりを迎える方がよっぽどマシだと思いながら、けれどもこんな場所で死んでたまるかという気持ちが消えることない。無い物ねだりであるとは理解しながらも、私は自分の都合のいい機械仕掛けの神が降り立つことを待ち望んでいる。
「お前は何が不満なんだ!全てを与えてやっているのに何故、まともにならない!!」
激昂した男が振り回したナイフが私の背中の肉を抉る。生きていてこそ感じられる鮮烈な熱が薄い布とともに私の皮膚を引き裂き、肉を掻き毟る。今まで想像したこともないほどに鋭く激しい痛みが神経を駆け抜けていく。違法DLでプレイできるゲームで、NPCの化け物達からぶつけられる殺意よりも明確な、"目の前のこれを排除したい"という感情。機械の演算に応じて出力されるものとは肌触りが段違いで、これこそが人間だけが持ち得るホンモノなのだと、私は歓喜した。
シビュラシステムの目の届かない所で惨たらしく身内、それも実の父親によって殺される。本来ならば私を庇護するべきロールを持った存在にエラーとして処理されることが耐えきれない程に愉快で、でも何も出来ない私は屠殺場で殺されるのを待つばかりの豚のように、男のことを見上げるしかできない。けれども、私は豚ではない。何もわからないまま怯え、屠られ、食われるのではない。これは尊い終わりのひとつ。人間に許される誇り高い死だ。世界に飼い殺された獣として無意味に時間や資源を消費して死ぬのではなく、思考し選択する人間として生きているうちに死を迎えることが出来るのだから。けれども、相手は初めて知った肉を切り裂く感触に恐れをなしたらしかった。
「そんな目で俺を見るな!この、出来損ないが!!」
頸動脈を掻き切ってしまえばそれで終わりなのに。無抵抗な女の首を掻っ切るなんて普段行っている演説なんかよりもよっぽど簡単なことだろうに男はそこから先に進めなかった。シビュラの目の届かない場所まで来てからこんな凶行に及んだ癖に、男は手にナイフを握りしめたまま一歩、後ろに下がる。自身で身動きを制限した存在を前にして、その瞳孔は開かれ、心無しか息も上がっているように見える。怯えているのか、それとも。なんにしろ、そうなるべきなのはこちら側だと思うのだが。
『───先客がいたようだ』
雪片を思わせる冷ややかな、妙に威厳と落ち着きを持った声が不意に降った。友好的でもなければ敵対的でもない。まさに中立といった様子の声。全てを覆い隠す、いや、例えるならば全てを拒絶する白。人の命を摘み取る高山へ降り注ぐ雪。音でしかないのに色を感じたのはきっと、その声のどこかに強い意志を感じられたからだろうか。
自身の醜態を他者が見ていたことに怖気づいたのか、男は私から大きく距離を取った。この女とは無関係であるのだ、と声の主である何者かへと示すためにか、持っていたナイフを後ろ手に隠して出入り口のドアへとじりじりと下がっていく。声の主に最初から見られていたのなら、そんなことは今更無意味だろうに。
『こちらのことは気にせずに続けてくれ。政治家直々に不穏分子の排除だなんて、滅多に見られないからね。楽しませてもらうとしよう』
軽蔑と憐憫とを混ぜ合わせて形作ったかのような声の主は男の内心を知ってか知らずか、そんなことをのたまってみせた。どうやら私たちの身元は声の主に割れているようで、流石にその事に気付かない程の愚者ではない男は顔を青ざめさせながらも、お前はここで死ぬんだやら、誰か知らないが私を脅そうとしても無駄だ、などという三下以下の捨て台詞を吐き捨てると、私を放置して部屋から出ていった。大きな音を立ててしまったドアの向こうで駆け出す音が響いて、そして、唐突に消える。何があったのかは分からないし、今更あの人がどうなろうが私には関係の無いことだ。
───それより、私はこのまま、野生動物に食われて死ぬのか、それとも背中の傷からの失血死するのだろうか。どちらにせよ死ぬのだから、拘る必要はないのだけど、こんな緩やかな死ではつまらない。最期の瞬間まで、自分が生きているということを感じて死にたいのだ、私は。
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───カタン、と小さな音がした。先程大きな音を立てて閉じられたドアが開かれる音。それは不法侵入者のものでしかない。あの人が戻ってくるはずがないのだから。
「あぁ…これは壮観だ。この屋敷の主は趣味が良い。可能なら1度話して見たかったな」
ドアから入ってきたのは、雪花石膏を削り出して造られた神代の像もかくや、と思わせるほどに美しく、そしてなによりも真白い男だった。彼は血を流して床に転がる女をオブジェかなにかであるかのように無視したまま、祖父の遺した本やデータベースの内容を確認していく。私はそれを眺めていることしか出来ない。
「そういえば」
くるり、と音がしそうなほどに態とらしい動きでターンを決めた男は私の顔の前に屈むと涎と埃に塗れた汚らしい私の両頬を手で支えた。男はイヤになるほどに綺麗な顔をしていた。薄汚れて黒い私と、汚れ1つない白いシャツにパンツを身にまとった寒色の似合う白い男。あまりにも正反対の位置に私達は存在していて、私に触れて汚れた掌の黒だけが私と彼との唯一の共通点だった。
「政治家一族の一人娘。学力考査では余裕の700ptオーバー。運動機能以外は非の打ち所のない才女。サイコパスの濁りもなく、産まれてから今日に至るまで常にクリアカラー。しかし、とある発言により半年ほど休学。それでもなお13省庁6公司を初めとして引く手数多だったが、結婚等の予定もないのにオールキャンセルした上、特に興味の無い医学系専門学校への入学を申請。これを無試験で受理されている。父親は娘より無能であることを妻の一族に詰られ、前回の健康診断時に色相の澱みを警告されセラピーを受けていた。しかし、シビュラの目から離れた場所があることを思い出した途端、ああなった。君が唆したのか、それとも」
男のズボンから取り出されたものに目をやる。それは大きな剃刀だった。シャキン、という音ともに柄にしまい込まれていた刃が姿を現す。磨きこまれた銀色からは微かに血臭がする。Sweeny Todd。今居るこの場所で見かけた怪奇小説の登場人物を思い出す。殺した人間の肉をパイにつめて売る女主人も居たが、今の私はどちらにもなれない。せいぜいがパイの具だ。それもまぁ、いいのかもしれないけれど。本日何度目かはわからないが、そんな事は、到底、何が起きようとも私は認められないと、心中で独りごちる。
「この世に生きることに飽きていながらも、死ぬ事が出来ない。その目は先程、邪魔をしてしまったことを恨んでいるのかな?」
彼の手の中でくるくると色を変える刃は、私の首筋をそっとなぞる。薄皮の裂ける感覚と共に、私の背筋を先程感じたものとは違う、冷たいものが通り抜けて行った。血を失っていることもあるだろうが、それよりも目の前の存在への恐れからだろう、世界が歪んで見え始める。
この男には私に対する殺意も悪意も無い。人を殺すことへの興奮なども。それでもこの人は私を殺せるだろう。理性を保持したまま躊躇いや恐れなどなく、当然の事のように手首を捻り喉笛を掻き切れるに違いない。そんな殺され方で死ぬことは、人として死ぬことにはならない。それは、私の望む終わりではない。
けれども、自由の奪われた私は、どうしたって彼から逃げることは出来ない。今するべきことは、如何にして彼に殺されずに済むか知恵を働かせることだというのに、それすらも恐怖から思考が止まり出した私には許されない。唯一出来たのは、自身を覗き込む猛禽の瞳から目を逸らさないこと、それだけだった。
数拍の後、男の視線が外れ、正常に呼吸が出来るようになる。世界が急速に元の形を取り戻し、それと同時に口に嵌められていた縄がぶつりと断ち切られ、背中の傷には布が強く押し付けられた。どうやらこの美しく恐ろしい男は私を助けてくれるらしい。
「───君は父親に惨たらしく殺され、政治家の父親は己の罪に耐えきれずに自殺するだろう。"君"は正真正銘の自由を手に入れた訳だ。それで君はどう生きる?」
一言一言を刻みつけるかのような口調で男は、起こりえたかもしれない未来を語る。私は彼の意図を未だに図り兼ねていた。
「答える前にひとつ、いい?」
疑問を投げかけることをもとめると、男はこれまたわざとらしい手振りで先を促した。彼がまだ私と話を続けるつもりであることに安心して続きを口にする。
「貴方はなぜ、"私"に手を差し伸べたの?」
「それは勿論、君の父親が死んだらここにあるものは全て君のものだからね」
「嘘ね。あなたが先に述べた私のプロフィールは、あの人の相続人としてのみ私のことを調べたにしては余りあるものだった。それに、あなたは政治家であるあの人には興味が無い様子なのに、かなりの手間を掛けて調べないと分からない筈の、本来ならば政党の勉強会に出ているはず父親が今日ここに私を随伴させて来ることとか。それに、私だってついさっき知った祖父の蔵書がどういう物なのか、あなたはここに踏み入れる前から知っている様子だった」
「君自身にも興味はあった」
いっきにまくし立てたのちに、私は男の様子を伺う。彼は未だ表情ひとつ変えずに私のことを見ている。命綱のない綱渡りをしているような気分になり、私は再び言葉を選び始める。
「それは、なぜ。貴方は、"私"に何をさせたいの?」
男は私の問いに答えることは無く、それどころか、鼻先で小さく笑った。手足を縛り上げる縄を全て断ち切った後、男は私の首を掴むと囁くようにして再度、私に問いかける。それは清浄な愛を歌う告天子の鳴き声よりもより透明な響きでありながらも、死を招く小夜啼鳥のような甘さをも兼ね備えた"完成されたつくりもの"の声だった。
「好奇心は猫を殺す───もう一度問いかけよう。君は、どのように生きることを望んでいるのかな」
悪魔の誘いにも似た問い掛け。けれども、私はその事を分かっていて彼の問いを受けるのだ。だって、そうでもしなければ私は私の望む終わりを迎えることすらをも望めない。哀れで惨めなパイの具になるのは嫌なのだから、選べる道は一つきり。それが真に望む結末へと続く道か判断するには、私に与えられた手掛かりが少なすぎる。最低でも、彼自身の思考の一端くらいは知っておきたい。
「───生殺与奪権を握らないといけないほど、私はあなたにとって危険人物なの?」
「そうなるかもしれない」
「IF構文は嫌い。それで一度、満点を逃しているから」
「選ぶ道によっては君はとても大きな摩擦係数となりかねない。障害となり得るものは先ず第一に潰しておかなければ」
唇にのみ微笑みを浮かべた男は、どこか無機質な目で私のことを見つめながらギリギリと音を鳴らして私の首を締め上げる。急速に不足していく酸素により、思考が散逸していくのを感じる。意識はまだ残っているのに、全身の筋肉が弛緩していき、「───がはっ」唐突に解放された。
今の私はひどい顔をしているだろう。恨めしさと悔しさの混ざった、自分よりも上位の存在に踏みにじられた存在の顔。覚悟した死の直前で現実に引きもどされて、息がうまくできない。肺が焼けるように痛む。背中を震わせて、涙を滲ませて睨みつける女を目にしても眼前の男は無反応で、先ほどまでと同じようにどこか楽しげに唄うように言葉を口にする。それはどこか、異郷の地に住む巫者が、予言を語るかのようなトーンだった。
「さぁ、君の答えを聞こう」
「───私は、神として生きてみたい」
「死んで復活する者か。それはまた───」
彼は美しい笑みを湛えていた唇を崩す。先ほどまでとは違い、どこか親しげな口調。絶対的な白を捨て、多色混成の人間へと堕ちる瞬間。以前からの恋人同士であるかのように、彼は私の顎をなでて唇を耳元へ寄せる。息を吐き出して言葉をを区切ると、私の耳朶に初恋について語るかのような甘さの猛毒を注ぎこんだ。
「この世界に飽いているくせに面白い事を言うものだ。けれど、そうだな。いいだろう。死に瀕しながらなお、自らの意思を口にした対価に、君が退屈しない娯楽と道を提供しよう」
男の顔は夕陽の逆光でうまく見えなかったけれど、口にはしない私の望みを叶えてくれるのだろうこの男のようなものを、ひとは『神』と称し崇めたのだろうと、その瞬間に私は悟った。
BGM
the GazettE
ガンジスに紅い薔薇-STACKED RUBBISH
OMNIOUS-BEAUTIFUL DEFORMITY
ABHOR GOD-NINTH
ほか
引用
*1:大辞林より
*2:大辞泉より
*3:ブリタニカ国際大百科事典より