閉じ込められた夜が餞
この日私たち二人に割り当てられたのは数だけが多い烏合の衆を片っ端から叩き潰していけばいい、質より量のモグラ叩きといった感じのお手軽任務の筈だった。地引き網漁のように纏めて絡げてキュッとして終わり。それだけであの額の報酬が出るなんて最高じゃん!?担当馬鹿なのかな?なんてウキウキで現地の山へと向かった私と夏油を迎えたのは、二級相当に到った産土神あがりの呪霊一体とそれに追随する雑魚共という最悪な事態だった。発現条件を満たす囮役を決めるじゃんけん三本勝負で夏油に見事全敗を喫した私は、雑魚の爪でパンクにファッションチェンジする羽目となった。お気に入りのコートだったというのに……!挙句、全ての呪霊を祓い終えて補助監督の待つ山の麓へ降りる際、うっかり足を踏み外して数メートルの滑落後、木に激突。自分が油断をしていたのが悪いのだが、それがとどめとなった。心が完全なるボロ雑巾へと化した私はもう歩きたくない、何もしないと駄々を捏ね、結果、夏油に背負われて運ばれているのだった。
「寒いなぁ」
「そんな寒いか?」
前から聞こえてきた夏油の声に尋ねれば、「名前は寒くないのかい?」と逆に聞き返される。そこまで言うほどか?、などと思いつつ覗き込んでみれば、月明かりに照らされた夏油の鼻は僅かに赤く染まっていた。なまじ整っている顔であるが故のミスマッチさに思わず吹き出す。寒さからかそんな私の態度に呆れたからかは分からないが、夏油は首をすくめてみせた。
現地に着いたのは午後四時。条件を満たすまで六時間の待機。そこから労働開始。こんなタイムスケジュールの仕事を常日頃から学生にやらせるなんてどんだけ人手不足なんだよこの違法業界め。など内心で毒づく。本当なら二十四日にはクリスマスアフタヌーンティーに行きたいとか、ケーキやチキンでも買って四人でささやかなクリスマスパーティーでもしようか、など硝子と話していたというのに現実は心身共にズタボロになっている。いや、クソすぎる。労基法に守られていないがゆえの報酬額と言われてしまえば、その恩恵にあやかって学生の身分以上の贅沢をしている自覚がある私はそれ迄だが。
グダグダと脳内で愚痴を垂れ流してから、私は小さく息を吐き出す。夏油と行動を開始してから体感で三時間くらいは優に経過している。となれば当然ながら日付は変わっていて、今日は十二月二十五日。つまるところ問題のクリスマスだ。こんなド田舎の山奥で、無造作に生い茂った常緑樹に囲まれて迎えるクリスマス、少しくらいロマンチックにならなきゃやってられない。そんなささくれた気持ちから吐いた言葉は転がり落ちることなく、主同様に夏油によって拾い上げられる。
「こんな山の上にまで来てホワイトクリスマスじゃないとか、どーにかしてんな」
「天気予報は雨だったけれど、この寒さなら降る頃には雪になるんじゃないかな」
最早八つ当たりを始めているに近い女の相手をするなんて、私含め人格に難ありの集まりの一人にしては優しすぎるんじゃないかと思わないでもないが、私は彼のそういうところを好ましく思っている。それが外面の良さ故だとしても、悟みたいな被る猫も話し相手も馬鹿にして踏み潰すようなやつの何十倍もいい。そもそも硝子との作成会議では二十五日、傑をデートに誘ってみれば? 普通のご飯にならないかな、などと話をしていたのだ。残念ながら当日早々にご用意されたのはずた袋化した女とそれを運ぶ男だったが。
しかし、二十五日はつい先程始まったばかりである。東京へ帰る新幹線は夕方の便だったはずで、つまり時間はまだまだある。新幹線駅にでも出れば少しくらい洒落た店だってあるだろう。服だって着替えられるだろうし、幾らでも挽回は効くに違いない。だから言ってしまえばいい。いつもと同じように「傑も今日暇だよね、何するの? よかったら一緒にご飯にでも行こうよ」と。けれども、クリスマスにわざわざ誘うなんて、"そう"だと公言しているようなものだという一点で私は躊躇してしまう。今まで夏油にはっきりとした好意を伝えた事すらない私が、クリスマスデートに誘う?そもそも夏油に彼女がいるかどうかも知らないのに、そんな無謀なことをして惨敗しないなんてこと有り得るのだろうか。断られる未来を想像したことで、多少浮かびあがった気持ちが再度沈下する。それに合わせて姿勢も。夏油の肩口に顔を埋めて目を閉じる。
「名前、どうしたんだい」
急に不可解な動きを見せた私を心配したのか、夏油が訝しげな声で問い掛ける。受けた傷が痛むのだろうかとか深かったのだろうかとかそういう心配もあるのだろう、私を支えている腕に力が入る。心配を取り除こうと思い身体を起こす。夏油の肩からぶら下げるようにしていた手を引き上げて、彼の肩を軽く叩いてから口を開く。
「あー、傑、さ」
「見て」
「──え?」
「雪、降ってきたよ」
夏油が空を見上げる。彼に背負われている私も、当然彼の傾いた身体に合わせて空を仰ぐかたちになる。まず最初に目に映ったのは灰色がかった黒だった。続けてそれを背景にチラつく白。初雪だった。
「名前がお望みのとおり、ホワイトクリスマスだ」
言いかけた言葉や色々な感情は飲み込んでしまったけれど、初雪を一緒に見れたから今年はそれで良いことにしよう。欲張って痛い目を見るくらいならいっそこのまま変わらないままでいい。そう考えた瞬間、爆弾のような言葉を投げつけられて、私はもう一度夏油の肩に顔を埋めるのだった。期待させないで欲しい。
「来年も一緒に見られるといいな」