こんなもの
滅んでしまえばいいのに



 熟練の職人技で練り上げた飴細工のように繊細な射干玉の黒髪に、収穫されるのを待ち望む桃のように淡く色づいた頬。頤へ向けて美しく弧を描く輪郭の中には、ちま、としつつも整った形の鼻と紅玉を磨いたかのような双眸、そして紅も塗っていないのに苔桃でも齧ったかのように紅く艶やかな唇。芸術を司る神に愛された容貌を持つ少女。彼女の名前は内海文羽といい、苗字名前にとって誰よりも大切な、目に入れても痛くないほどに可愛い三歳歳下の幼馴染だ。
『明日の放課後、お時間ありますか?』
 バレンタイン前日、文羽から送られてきたメッセージを見た名前は内心ガッツポーズをした。今いる場所が喫茶店でなければ実際に握り拳を作っていたかもしれない。少しの勇気を振り絞り、好意を抱く相手へチョコレートと共に気持ちを届ける。そんな特別な日を共に過ごす相手に選んでもらえたのだ。好きな子にそんなことをされて、平静を保っていられる者がいるだろうか。
『あーやのためなら何時間でも大丈夫。講義終わり次第、そっちに行こうか?』
 名前の同級生が見たら、目を疑うであろう速度で画面を叩く。同級生が相手なら決してこんな速度では返信しない。常に画面を見ているヤバい奴だと思われたくはないし、そもそもそこまで時間を割くほどの関係性という訳でもないからだ。けれども、今、名前がやり取りをしている相手は彼女にとって何よりも優先される存在である。文羽は名前が誰に対しても自分へのそれと同じ速度で返信していると思っているだろうが、名前はそんな些末な部分ですら"内海文羽"と"その他"の線引きをしていた。知らぬは当人ばかりである。
『名前姉は相変わらずですね。なら、行ってみたかった喫茶店があるので良かったらそこで待ち合わせませんか?』
 小さく笑う文羽の姿が想像できる文面に続けて送られてきたリンクを開く。指定の店は最近雑誌などで見かけることの多い純喫茶だった。確か様々な色のソーダを提供しているとか、近代建築をそのままにしているだとか。クラシカルな雰囲気に整えられた店内はたしかに二人の好みと合致していた。
『おk。明日のためにも今日は夜更かししないで早く寝てね』
『はーい、楽しみにしてます。では、また明日』
 会話が終わったあと、卓上に伏せた端末を見てはまた戻すことを何度も繰り返してしまう。約束をした後だというのに、明日、彼女と一緒に居られるのが他の誰でもない自分であることが信じきれないでいた。
 それを優に二桁ほど繰り返したか。気付かぬうちにテーブルの端に慎ましく置かれていたカップを手に取るも、中身はすっかり冷めてしまっていた。