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▼017. 乱暴/侑士

20170130 017. 乱暴
見下ろす眼鏡の奥は見えない。
ひょろりとした長身がかがんで、両腕が私の顔の横に付けばもう逃げられない。
冷静なように見える外見は中身そのまま。
何を言っても理詰めで返されて唇はただ翻弄させる。
特徴的な低い声は、行為の時ほど効果をもたらす場はないだろう。
かじりつきたくなる白い首筋に両手を伸ばす。テニスとは似ても似つかない白い肌。
強い圧迫感に爪を立てそうになって、慌ててその先を自分の掌へ向ける。
鼻に抜ける堪えられない呼吸。
どんなにひどくされても、彼の背中に跡は残らない。
掌からも流血することはない。
爪の跡が残ってもすぐさま消えてしまう。
まるで何もなかったかのように忍足はシャツにそでを通す。
私も同じようにソックスを上げる。
何も残らないように。
なんにも。
(2018/01/02)

▼109.蜜柑色/仁王

20161016 109.蜜柑色
秋が苦手だ。すぐに肌寒くなって、一日がぐんと短くなる。夜は嫌いじゃないはずなのに、とても寂しく思ってしまうのだから、秋なんて嫌い。
「何見とる」
フローリングに寝そべる私の視線にようやく気が付いたのか、鬱陶しそうに目を細めた。
別に、と仁王から顔をそむけると、窓から大きく差し込むオレンジ色の西日に目が焼ける。
「眩しいからカーテン閉めて」
「お前さんのほうが近い。手を伸ばせば届くじゃろ」
「ええ・・・面倒くさいよ。ちょっと距離あるよ」
「起きるか転がれ」
「フローリングの上を?痛いじゃん」
「そこに寝転がってるのはどこの誰じゃ」
「そんな私のお隣で一緒にごろごろしてるのは誰でしょうねえ」
くだらない内容をやり取りしながら、結局一歩も動かない私たち。ぐだぐだ病。動きたくない病。
私たちを見かけるたびに「お前らってデートとかいつもなにしてんの?隠居生活?」と真顔で尋ねる丸井のことを思い出した。
「私たちが何かしてるってそんなに重要なことなのかな」
「ん」
とりあえず窓に背を向けて横向きになると、雑誌に目を通しながら仁王が生半可な返事。
「お出かけするにしても、何か食べるにしても。別に特別なことなんて必要じゃないのにね」
一番苦手なことも、一番好きなことも。べつに何でも構わない。
仁王と一緒にいられるこの空間が好きなんて言っても、丸井にはわからないんだろうなあ。

読み終わったのか、飽きたのか。ぽいとテーブルに投げられた雑誌を目で追った。
「あれはじっとしてられない性分じゃから」
「丸井のこと?」
あくびをしながら「ああ」という仁王にまで西日が刺さる。
眩しそうに目を細める姿は絶対にネコ科だ。
「もう夕方か」
のろのろと起き上がった白い指がカーテンを引っ張った。
寝そべったままの私にかぶさるように、窓を閉めようとする袖口をつかむ。
訝しげに私を見下ろす白い肌に夕日が映えて、嫌いだった肌寒さも、悩まし気なオレンジ色も、仁王の前では一瞬で晴れる。
両手を銀髪の後頭部に回してひきよせれば、顔が近づいて重力で後ろ髪が垂れる。首にあたってくすぐったい。
狭いワンルームの部屋だって、フローリングの上だって、憂鬱な秋の夕方だって、キスができればどこだっていい。
仁王もそう思っていてくれるなら、もっといい。
(2018/01/02)

▼005.だけど貴方は気付かないでいて/侑士

20161015 005. だけど貴方は気付かないでいて
1日中女の子に囲まれているその人と、今日中にどうやって会う時間を作れるだろう。脳内シュミレーションを重ねまくって出した結論、狙い目は部活に行く直前の昇降口。
「これ、あげる。誕生日おめでとう」
語尾が震えていないかだけを願って、さりげなさを装って。
メガネの奥の目は気だるそうに瞬きを一つ。「なんや、知っとったんか」「毎年女子に騒がれてて、知らない方が不思議でしょ」お得意の甘いセリフとその空気に毎年何人の女の子が泣かされていると思ってるんだろう。柔らかいふりしてガードの硬い忍足に、イベントを利用して近づけるなんて考える女の子は星の数ほどいる。
「この間の跡部の誕生日もすごかったらしいよ。忘れてて後からさんざん怒られたけど」
屈んでローファーに履き替える忍足が顔を上げる。普段見上げることの多い彼が、顔をのぞき込むようにして目を細めた。
「跡部の誕生日は忘れてて、俺のは毎年覚えてるんか」
「!?」
あー、そうなんや、俺のだけねえ。ふうん。へえー。顔に熱が集まっているのがわかる。ニヤニヤしているその顔が腹立たしい。
「わかりやすいわ、自分」吹き出してからぐっと顔が近付いて耳元に息がかかった。
「おおきにな」と頭に置かれた手が髪を掻き乱して。
ボサボサになった髪を整えて顔をあげる頃には、渡したプレゼントを左手に、ひらひらさせながら歩く後ろ姿だけ。
(2018/01/02)

▼308. 溺れる人魚/幸村

20151213 308. 溺れる人魚
「幸村はこういうの興味がないのかと思ってた」
背中に冷たい壁が当たる。覗き込むようにかがむ彼が、仄暗く昇降口を照らす蛍光灯を背負った。
「そう見える?」その声に柔らかさが含まれている気がするのは私が幸村に固執し始めた証拠なのだろうか。
「どうして」
「理由がいるかい」
この人に惹かれないひとなんて存在するのだろうか。
ねえ。長い指が顎をなぞった。
うなずけば薄い唇で幸村が笑うのが見える。
(2018/01/02)

▼012. 時計台で待ち合わせ/丸井

20150425 012. 時計台で待ち合わせ
時計の針はあと数分で真上に重なるだろう。今日が明日になる。門限に厳しい父の顔が脳裏にちらついた。
「私、帰らなくちゃ」至近距離にあったブン太の目が大きく開いた。
「もう?あと一分、」いいかけたブン太に首をふった。あと一分でも一緒にいたら、私が帰りたくなくなってしまうだろう。
繋いでいた指をほどく。胸をそっと押せば、壁と彼に挟まれた檻は解けて、体温の高いブン太から離れれば、あっという間に低くなる温度。
それをさみしいと思った瞬間、甘い匂いがふわりとそばを通った。
「送ってく」再度掴まれる手首。少し不機嫌そうにガムを膨らませた横顔。赤い髪がなびいて揺れた。
「次は泊まりでどっか行こうぜ」
親父さん説得しないとなぁ、と眉を寄せる優しさがどうしようもなくたまらない。聞き分けが悪いのは私の方だ。あと一分、キスをするには足りるだろうか?
(2018/01/02)

▼197. 頬を染めた台詞/丸井

20150223 197.頬を染めた台詞
「あれ?てかお前よく見たら結構可愛くねえ?」化粧変えた?なんてデリカシーのないことを言ってきた幼馴染を一睨み。こえー!といって怖がる振りをするのを横目で捉えてため息をついた。「何お前、整形した?」「してない!」言っていいことと悪いことがあるでしょ!と言い返しても、「嘘、ぜってーうそ。だってお前なんか可愛いもん」「それ褒めてるの?貶してるの?」
「整形してるやつって目を見ればわかるらしーっすよ」と余計な茶々を入れてきたワカメ。「まじ?ちょっと目閉じてみろよ」「だから、」「いいからいいから!」
むりやりに目を閉じれば、ふわっと甘い香り、と、ちゅ、とリップ音。唇にぬるい感触。
「あ、違ったぽいわ」「せっ・・・先輩!今!」という声に、目を開けなくても顔に熱が集まってくるのがわかった。
(2018/01/02)

▼149. キラキラメモリーズ/ジン

20150101 149.キラキラメモリーズ
あと4分。思ったより長引いたと慌ててジンに連絡。『今終わった』エレベーターに乗りながら鏡で身なりを調えてあと2分、『駅の改札横にいる』との返事を見てそっこーダッシュ、この間約30秒。道路で騒ぎ出す酔っぱらいも、よりそいあうカップルも視界に流しながら私はとにかく急ぐ。あと1分、改札が見えた。息が白い。寒さに耳が一瞬で感覚をなくす、あと何秒か調べる時間すらも惜しい。改札が見えた、ジンの黒いコート。私のうるさい足音のせいか、声をかける前にふりむいた。「ま、まにあっ…」「お前、髪の毛ぼさぼさ」吹き出したジンが私の髪を撫でる。
あ、鐘の音がした。
(2018/01/02)

▼027.僕のお姫様/不二

20141209 027. 僕のお姫様
笑顔を作って器用な振りをするのは完璧にやれていたはずだ。「大丈夫」は魔法の言葉だったはずなのに、「いつもそういうね」といって真顔で首を傾げる周助の前では意味をなさないらしい。
天邪鬼な君を支えられるのは僕しかいないんじゃないかな。大石は優しすぎる、英二は気がつけない、手塚は正論をぶつけるだけ。でも僕なら、全部受け止めて甘やかせてあげられると思うけど。
上記を笑顔で言いきった周助が、首をかしげた。「で、僕以外の選択肢、ある?」こんな強烈な告白まがいの脅迫、じゃない、脅迫まがいな告白聞いたことない。
(2018/01/02)

▼096.致死量なんて知らない/侑士

20141104 096.致死量なんて知らない
ローファーが入っていない。ぐっと喉の奥が詰まる。靴箱のふたを開けて、周りにだれもいないことを確認してしゃがみこんだ。
今日あったことが目の奥でリマインドされる。友達だったはずの彼女は口をきいてくれなくなった。知らない後輩にすれ違いざま暴言を吐かれた。予備でもってきていたはずの長袖ジャージがごみ箱に入ってた。そして、それから?
いつも冷静で、落ち着いていて大人でスマートなフェミニスト。侑士はもてる。心の底から冷たいくせに、まるで優しいように見せかけるのがうまいのだ。女の子がどうしたら恋に落ちるのかその原理を知っている。二人の世界をいとも簡単に作り上げる。世界中の女の子が死ぬほど羨む綺麗な世界だ。
「なんや、まだ居ったんか」聞きなれた低音が昇降口の向こうから聞こえた。ぐっと唇をかむ。その綺麗に作り上げられた赤い絨毯の上を、侑士に手を引かれながらあるくことができるなら、道脇からの罵声も嫌みも私はなかったことにできるのだった。
(2018/01/02)

▼054.僕の位置/ジン

20140331 054. 僕の位置
一睡もしないで降り注ぐ朝日が眩しい。朝と昼の真ん中だから厳密には朝日じゃないかもしれないけど、とにかく陽光が刺さって目も開けられない。だけど実は真っ白のシーツに反射した光を、私はそれほど嫌いじゃない。「おかえり」とくぐもったこえがシーツのしたから聞こえるからだろうか。それとも今すぐに睡眠を求めてる私の脳がまやくぶっしつを放出しているから?
まあそれはともかく、浴びたシャワーの雫が髪の毛の先をポトリと垂れた。シーツに広がる色のない丸のあと。黒い髪がみえた。伸びをする筋肉質の腕。ふわあ、と大きなあくびの音。がしがしと頭をかいて眠たげな目をするジンにすりよった。「冷たっ」髪乾かしてこいよー、とおでこに張り付いた髪が分けられた。けど、私は今すぐに目蓋がくっつくだろうという確かな予感がある。やれやれと溜め息を付く音すら優しい。明るいシーツの中は幸せの色をしている。
(2018/01/02)

▼014.春のひとを想う/幸村

20140328 014. 春のひとを想う
日差しが陰った。暖かい空気が色を変える。私の影の黒さがアスファルトと混じって境界がわからなくなった。
桜の下でたくさんのひとに囲まれる先輩を見つめた。幸村先輩。私と同じ園芸部。当番じゃなくても花壇を見に行く理由。園芸部という枠を超えた付き合いをして来なかった私に、勇気をください。
(2018/01/02)

▼240.複雑骨折/ジン

20140327 240. 複雑骨折
『付き合おうよ』『好きだ』という文字を目で追って、嬉しいと思うよりも勝ったと思ってしまう理由。
出会った瞬間、ラインの頻度、デートの場所。自分をどう魅力的に演出するか考えて、プレゼンテーションできるかが鍵だった。
「新しい彼氏?」
手元に黒い影が落ちて、画面を覗きこむ黒い瞳。ふわりと香る香水に心臓が鳴った。
慌てて画面を手で隠して睨めば「ごめん」と両手を上げて降参のポーズ。覗き反対!と返すと「悪かったって」俺たちの仲だろ?とウィンクして見せるジンに、少しなにかがちりっとした。女友達よりずっと信頼できる。悩み事だって相談しやすい。ジンに誰よりも近くて、それが心地よいから。それでいいのだ。甘い戯れ言は私達にあってはいけない。
(2018/01/02)

▼225.強くて脆い/丸井

20140326 225. 強くて脆い
自分に厳しい君の、コートにたつ姿が好きだった。炎天下のコート、体感気温は40℃を越えた。立っているだけの私の頭がクラクラしたのは、暑さだけが理由ではない。コートにたつ彼との距離があるからだろうか、それとも瞬きをしないで私が見つめているからだろうか、輪郭のぼんやりした赤が揺れた。
夏が終わった。
脳裏にはあの後姿が残っている。なによりテニスを選んだ彼に、私はいまでも縋りついているのだろうか。勝気な瞳は思い出すたびに眩しくて胸が苦しくなる。あれから何年も時がたって、新しい人と出会えば出会うほど、違う誰かと付き合えば付き合うほど、あの眩しさが強くなる。どうして支えられなかったんだろう。誰よりも輝くブン太を、どうして待てなかったんだろう。
(2018/01/02)

▼176.霧の中/幸村

20140325 176. 霧の中
苦しい。きつい。辛い。頭が重くて、ひたすら泥みたく眠っていられたらどんなに楽なんだろう。朝は必ず訪れるけれど、それはまた今日も昨日と変わらない地獄が始まることと同義だ。枕に顔を埋めて唸れば、うつ伏せになった私の頭に乗る重み。体勢はそのままうなるのをやめると、ふっと柔らかく空気が振動する。精市が笑った音。おはよう、と柔らかくふる声のためだけに、私は今日も一歩踏み出せる。
(2018/01/02)

▼022.声が聞きたい/赤也

20140324 022. 声が聞きたい
真っ暗なワンルーム。真夜中の締め切った窓に遮光カーテンの重装備。ごろりと横になる私だけの空間。誰もいないそこは、安心できると同時に脳が自動的に物事を巡らせる。考えたくももないのに、勝手に動く脳は、いつだって最終的にひとつの結論へと達するのだ。ほらまた、指が勝手にスライドした。ひとつの名前へむけて迷いもなく。
こんな時間のコールなんて、とんだ非常識もいいとこ。だけど『はい』と聞こえた、いつもよりずっと低く掠れていて、それでいて緊張感のない寝ぼけた声に、息が漏れた。暖かいものが流れ枕に落ちた。『なんだよ』という優しい声に、声が震える。理由なんて単純だ。『こんな時間に起こしやがって、寝られねーじゃんか』明日朝練の時間起こしにこいよ、と。茶化してくれるいつもの彼が理由だった。
(2018/01/02)
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