蒼は躊躇い揺れ動く

お昼を過ぎて、だけど夕方というには少し早い時間。
いつもなら部屋の電気はいらなくて、太陽の光が窓からいっぱいさしこんでくる時間帯だけど。
今日はちがう。
少し低い体感温度。
少し暗い室内。
耳に届く、ぱたぱたという音。

雨が降っている。

雨の日はなんとなく、さみしくなって。
いつもよりもずっとずっと考える時間が多くなる。
ひとりでいるのが心細くなってしまうから。
少し苦手だ。


窓越しにみる空は灰色だ。
いつもは白い雲が少しずつ灰色になって。
耐えきれなくって雨を落とすみたい。
だから雨は少しだけ苦手だ。
我儘をいいたくなってしまう。
束縛してしまう。
疑ってしまう。
寂しくなってしまう。
待ってばかりでばかみたいってみんなは言うだろう。
それでもいいんだって胸を張っていいたいのに。そう決めたはずなのに。
自分でも疑ってしまう時がある。
私はなにをまってるんだろう。
どうしてまってるんだろう。

ぐるぐるといつまでも同じことを考える脳にストップ。
カップにそそぐホットチョコレート。
甘い匂いにほっとする。
薄暗い室内に音楽もかけないでこうやってじっとしていると、雨の音がぽたぽた、耳の奥で反響する。
指先があたたまっていくのと同時に、ゆっくりゆっくり瞼が落ちる。
夜更かしもしてないし、朝が早かったわけでもないのに。
雨の音とホットチョコレートって不思議だ。
睡眠薬みたいに思考を溶かす。

うつらうつら、何かに引っ張られていくみたい。
少しずつ雨の音が耳に入らなくなって。
考えないようにしていたあの人の事ばかりが。
今がチャンスとばかりに頭の中を占領する。
今どこにいるのかな。
今何をしてるんだろう。
元気にしてますか?
風邪とかひいていない?
雨の日くらい、ドロボウおやすみしたっていいのに。
手紙じゃなくって。電話じゃなくて。
あとどれくらいしたら会いに来てくれる?
会いたい。会いたいんだ。
声が聴きたい、触れたい、一緒に居たい。
















ふっと瞼を開けて。
頭の奥が少しだけ痛いことに気づく。
ソファで寝てしまっていたみたい。
太陽もすっかり落ちてしまって、あたりは真っ暗だ。
その真っ暗な視界の中で雨の音が聞こえる。
ぱたぱた。
まだやんでいないんだ。
今何時だろう、と、思って。
身体を起こそうと腕に力を入れた時。

背中の違和感に気付いた。あったかい。
お腹のところに少しだけ圧迫感。
何か乗っている。
何か、少し重くて、あったかい、これは。……腕?

「!!」

一瞬にして頭が冴えて、飛び起きようとした途端。
背中からの腕に急に引き戻される。
「だ、」
だれ、と言いかけた唇が塞がれた。
背中からいつの間にか私の上に移動してきたその人が、両手をソファに縫いつける。
パニックになる寸前、ふっと香ったその匂いに、心臓が大きく鳴った。
懐かしい匂い。
懐かしい感触。

もしかして、もしかしなくっても。
ゆっくり離れた唇に、暗闇に慣れた目で必死にその人を見つめる。

「ジン……?」

もう一度落ちてくる唇はなんにも言葉を紡がなくって。
ただ両手は私の手首から離れて、顎を撫ぜる。
キスの時に、右手で私のくしゅっと髪を寄せる、その癖を持つ人を、私はひとりしかしらない。
優しいのに、結構実は強引で。
苦しいと訴えても平気な顔して好きなだけ寄せる唇と舌。
ジンだ。

夢なんじゃないかって。
実はジンはいないんじゃないかって。
震える指先で掴んだ服は、オレンジのコートか、暗い視界では判断がつかないけれど。
こうして会えるんなら夢だって天国だって構わない。
目の奥が熱くなって、瞬きするとそれは目の端から落ちる。
喉の奥が震えて。
言葉にならない、息がうまく吸えない。

今度こそ離れた唇は、そのまま耳の横へと落ちて声が響く。
「ただいま」
少しだけ低くなった、懐かしいその声。
肩を引かれてようやく起こした上体。
勢いがつきすぎた私の身体は簡単にジンの胸におさまって。


「あいたかった」


胸に耳をぴったり押し付けると、ジンの声が反響して大きく聞こえる。
身体全体で感じるジンが、とってもあったかくて、また涙が出た。


「私もあいたかった」
雨の音が遠くに聞こえた。