金平糖の瞳

「なまえちゃん、お昼一緒に食べようよ!」

にっこり笑って、私を呼ぶのは学園のマドンナ月子ちゃん。
その手にはきっと東月くん特製であろうお弁当が揺れている。

「ごめん、今日は」
「どうしたの?」
「先生に頼まれてた資料があるの」
手伝おうか?という月子ちゃんに首を振る。
「大丈夫、資料室いってとってくるだけだから」
「本当?じゃあ、お言葉に甘えて先にいってるね」
食堂に居るね、と手を振る月子ちゃんに手を振り返して、向かうは資料室。
そこに行くには、一年生の教室の前の廊下を通らなくちゃいけないんだけど。
実は、通るのがちょっと苦手だったりする。
一年生の教室が嫌というより、自分の知らない人ばかりいる空間が少し、だいぶ、かなり。
意を決して足早に通りすぎる耳にすら、知らない声が通る。


「あ、あれみょうじ先輩じゃね?」
「本当だ。俺初めて見た」
「あれがそうなんだ?」
「夜久先輩と違って全然交流ないからな」

これだから。これだからイヤだと思う。
勢いよく資料室の資料室の扉を開けると、紙とインクの匂いが充満していた。
気にせずに急いで扉を閉める。

心臓がバクバクなっている。
指先が震える。

月子ちゃんと二人だけの女子生徒。
月子ちゃんの事は大好きだけれど、必然的に比べられてしまうのは確かで。
あんなに可愛くって、明るくって、優しくって。
男の子ばっかりのこの空間に物怖じしない。まさに学園のマドンナ!
そんな月子ちゃん相手に比べられる、平凡を絵にかいたような私なんて。


「戻りたくない、なあ」

またあの人たちの前を通ることも辛いし。
戻ったって月子ちゃんの周りにはたくさんの人であふれているから。
少しだけ、ちょっとだけ、悲しくなることがある。
月子ちゃんの周りにいる人たちは、私にも優しくしてくれるのに。
いやだというんじゃないけれど。何て言えばいいのか、語彙力が乏しい私には分からないけど。
時々すごく寂しくなる時があって。
もちろん、私だって彼らの事は好きだ。
月子ちゃんの周りにいる人全員と仲がいいとは言えないけど。
誉先輩と白銀先輩は科が同じだからっていうのもあって特に。
それと、幼馴染だという東月くんや、生徒会長、天羽くん。

あと。
自分でも時々本当に疑問に思うけれど。
彼らよりも一緒にいる時間が多いのは、梓くんだ。
実は。
たまにじゃなくて頻繁に、梓くんとの距離がよくわからなくなる。
達者な唇は私を戸惑わせる言葉を囁くし、勝気な瞳はどこにい手も追いかけられる。

言葉も仕草も、女の子だったらきっとすぐに誤解してしまうような距離。
月子ちゃんにならまだしも、まさかの私にも同じように接してくれる。
ううん、きっと、それ以上に。
部活だって科だって学年だって違うのに、梓くんと会わない日は無くて。お昼を一緒に食べた回数は月子ちゃんより多いかもしれない。
先輩・後輩の関係にしては近すぎないか、と私はいつも足踏みしてしまう。

「先輩」

瞼を閉じれば、そう言って私に向かって首を傾げる姿が目に浮かぶ。
友達、後輩。定義づけてしまえばきっとそれだけの関係性、なんだろう。

「なまえ先輩?」

私の事も友達だと、そう思ってくれているのなら、とても、とっても嬉しいけれど、だけど。
それだと悲しい、なんて思う自分がどこかにいてびっくりする。
少しの判断違いが、この関係にひびを入れてしまう気がして怖いのに。
友達じゃいやだなんて思うのはどうしてなんだろう。

「せーんぱい」
アメジストの瞳はとても綺麗で、覗きこんで見るのが少し怖いと思う。
弓を射る時もそう。勝気な彼が真剣になる時は何でも見透かされそうなのだ。
そう、こんな風に、紫がよく見・・・見えて?


「え、あ、梓くん!」


鼻先が触れ合いそうなくらい。
息が掠めるくらい。
唇が弧を描いて笑う。

「先輩、考え事ですか?」
「え、あ、あずっ」
か、顔が近いです、梓くん!
慌てて後ろに退こうとする背中に何かがぶつかる。
しまった、壁だ、と思った途端。
ぐぐっと体温が上昇していくのがわかる。

これ見よがしに頭の横に両手をついて。
勝気に笑う後輩に、顔が熱い。

「何考えてたんですか?」
「な、なんにも!あ、あのちっ、近…」

僕に言えないことなんですか、とか。
こんな距離で。
そういうことを言うのは反則だ。
なんでここにいるの、とか、はなれて、だとか。言葉にできないのが渦を巻いて頭の中でまわる。


「おい木ノ瀬、みょうじ、いるのか?」
「!!」
私よりもきっと梓くんのほうが聞き覚えのある声。
きっと、宮地くんだ。
まさに救世主!いつもちょっと怖いなんて思っていてごめんね!
それに返事をしようと思うのだけれど。

唇に指が触れた。
指一本動かせない私のそれじゃない。

口の端をあげながら、息を吐いて。

『しー』

唇が動いて息がかかる。
紫色の瞳が射るように見つめる。
視線が外せなくて、私もただその目を見続けて。
私の唇は音を作り出さずにじっと。


「返事がないな」

声を出そうと思うのに。

「入れ違いになったのかもしれないね?どうしようか?」

誉先輩の声。私達を探してるんだ。頭ではわかっていても。
視線は梓くんからそらせない。
相変わらず唇には梓くんの指。
なぜだか、このまま見つかっちゃいけない気がして。

思わず指先で梓くんの服の袖を握る。

心臓の音がこの静かな空間に伝わっているんじゃないかって。
顔が熱い。耳元で鼓動がどくどくうっているのがわかる。
もう耐えられない。恥ずかしい。

ぎゅ、と目を閉じて。
真っ赤になってるんだろう顔を伏せる。
握った梓くんの服が揺れたかとおもった途端。


「先輩、じっとしててください」


耳元で梓くんの声が聞こえたと思ったあとすぐに。
頭と肩が引き寄せられる。
え?っと思って目を開けた瞬間。
真っ暗になって、梓くんの匂いがした。


「一回戻ってみましょうか?」
「そうだね。どこかに寄り道しているのかもしれないし」
ぎゅっと、それこそそんな音がなりそうなくらい。
回された腕が背中を覆って、顔には梓くんの髪が触れる。
これって、私、梓くんに、抱きしめられてる。
「まったく、木ノ瀬に行かせたのが間違いでした」
「木ノ瀬くんならきっと大丈夫だよ」


どれくらい時間が経ったのか想像もつかないけど。
少しずつ声が遠ざかって。
それと同時にゆっくりと梓くんが離れていく。
やっといつもの距離になって。
ようやくおおきく息を吸った。

「…どうしたの?」

言いたいことはいっぱいあったけれど。唇を継いで出たのは当たり障りのない疑問だった。
なんでここにきたの、なんであんなにちかかったの、なんで内緒だったの。
それらをまとめて聞いたつもりだったのだけど。


「先輩はどう思いますか?」
「え?」
「さっきの。どういう意味かわかります?」
何を、とか。何が、とか。
ぐるぐるまわって混乱しそうだ。

「よく…わから、ないけど」
「けど?」
頭が沸騰しそうだ、容量オーバー。
何を自分で言っているのか分からない。
「あ…梓くんあったかくて」
「え」
「近くてすごく恥ずかしかったけど、ちょっとだけ、安心、した」
何言ってんだろ、とはっと我に返ってみても時すでに遅し。
慌てて梓くんをみると、下を向いて表情は見えないものの、口に手を置いて押さえている。

さーっと血の気が引くとはこのことか!
引かれた、これは絶対引かれた。どうしよう。
近寄って見上げるように、顔を覗き込んだ。


「ご、ごめんね!」
「……先輩って、本当、」
「ごめんね、ごめん、気持ち悪いよね、だけど」
「可愛いです」


聞きなれない言葉に、思考が止まる。
顔をあげた梓くんは、いつもと変わらない笑顔。
ちょっとだけ意地悪そうな瞳は今も健在だ。

「ここが資料室でよかった」
「資料室?」

昼休み終わっちゃいますね、という梓くんの手には私が探すはずだった資料がのっている。

「じゃあ、僕も質問に答えます」

勝気な瞳が一段と輝いて、食い入るような視線が届く。
資料室を出ると、耳に入ってくるのはいつもの日常。
昼休み特有の喧騒に、小さい梓くんの声がかき消されていく。

「触りたくなったんです。先輩に」
「え?…ごめんね、聞こえな、」
「僕だって男なので。特に先輩の前では」
「ご、ごめんね、何?」

笑った梓くんに、右手が握られて。
じゃあ行きましょうか、なんて笑う。
なんて言ったの、とは何となく聞き返せなくって。

「先輩達待ちくたびれてますね、きっと」
「…かもね」

迎えに来てくれてありがとう、というと、またあの笑顔で梓くんは笑うのだった。