キミだけの愉快犯(3年夏)

キミだけの愉快犯(3年夏)


警報が鳴っている。
私が弱くなればなるほど、彼に頼れば頼るほど。
あまりにも越前が優しいから私は境界がわからなくなる。
どこまで頼っていいのか、どこまで甘えていいのかわからなくなって。
察しのいい越前は私の全部を掬ってくれてしまう。

私が駄目になる。
頭のどこかでわかっていても弱い私は楽なほうへ甘いほうへ逃げてしまう。




ムードメーカー。人気者。菊丸英二という人はどこにいても注目の的だ。
社交的で顔が広い英二の近くにいることは必然的に周りから見られることが多くなる。

髪も爪もお化粧も、英二と一緒にいるようになってからもっともっと気を使うようになった。
英二が求める女の子像と、まわりから期待される『あの』菊丸英二に並ぶ女の子の姿のハードルはとても高い。
山のように高くて、眩暈がしてしまうようになったのはどれくらい前からだったか。
ただ英二の隣にいられれば良いと、スタミナがあった頃はどんなに楽だったか忘れてしまった。



「なまえさん?」

急に呼ばれる名前に意識が引き戻される。
ようやく焦点があった目は、越前とは違う人懐っこい後輩の姿を映し出した。

「桃城くん」

いつも元気で明るい桃城くんの眉が下がっている。
大型犬のように考えがわかりやすい彼のサイン。
それに気が付く自分も、ずいぶん彼らと距離が近くなったと思う。

彼女も友達も後輩も、一緒くたにして対等に付き合う英二と、一緒にいる機会が増えることは、つまり。
必然的にテニス部に顔が広くなっていってしまったことを意味する。
喜んでいいのだろうかと疑問に思うことも多いけれど、それでもこの後輩といると気分が楽になることは確かだった。

「元気ないね。どうかしたの?」
「どうしたのは俺の台詞ッスよ」

似合わないため息をつく姿は本当にしゅんとした大型犬の様。
自分より幾分も背の高い彼を撫でてしまいたくなってしまう。


「英二先輩となにかあったんスか?」
「どうして?」


間髪いれずに返してしまった返答は『いかにも』と如実に表していると気づいても後の祭り。
誰かと違って察しのいい後輩はもうひとつため息をついた。


「なにがあったのかは聞かないッスけど」


言葉を選ぶ桃城くんはこういう面倒事には慣れているのかもしれない。
フォローがうまい彼が少しだけ恨めしい。

「ちょっと参ってるんスよ」
「・・・英二がどうかしたの?」

あれはまるで気分屋の猫だから。
苦労させられるのは桃城くんたち後輩なんだろうとすぐに合点がいく。


「なにかっつーか、越前が」
「え?」


少し逡巡したように眉をひそめて言葉を切りだす。
予想外の名前が出てきたことに思わず聞き返した。


「越前がどうしたの?」
「アイツがエージ先輩とひと悶着あって、それでエージ先輩の悪かった機嫌、もっと急降下で」

手塚部長が来る前だからセーフっすけど、とりあえず不二先輩がなまえさん呼んで来いって。何か心当たりないっすか?と頭をガシガシと掻く、その表情には『困っている』と書いてある。


「英二が拗ねてたのは私のせいだと思うけど」


理由は至極わかりやすい、今度の日曜日約束していた映画を私がキャンセルしたから。
家の用事が急に出来てしまったと嘘偽りなく説明したのだけれど、なかなか彼には納得してもらえず。
結局拗ねてしまったのは英二のほうだ。


「越前とは特に心当たりないな」
「本当に?」


責めるような視線、と、感じてしまうのは私に負い目があるからだろうか。
ひゅ、と息をのむ。
鋭い瞳がじっと私を見つめる。
少しだったかたくさんだったか。
時間が分からなくなるくらいの沈黙を先に破ったのは桃城くんだった。

「越前となにがあったんすか?」

なにかあったか、ではなく、なにがあったか。
なにかが確実にあっただろうと予想されているらしい。
眉を寄るのがわかる。私は何を疑われていて、なんと返すのが正解なのか。

「なにって―――」
「桃!」


急に遮った鋭い言葉。
「英二」
「…エージ先輩」


話題の人、英二がラケット片手に立っていた。
その機嫌の悪さが、オーラがにじみ出ているのが見てわかる。

「なまえに余計な事言うなよな」
「余計な事?」

私の聞き返しには耳も貸さず、英二は私と桃城くんの間に割って立つ。
こちらからは背中しかみえないその表情が見えなくてよかったと少し安心する。
機嫌の悪い時の英二の怖さは一級品だ。


「桃にはカンケーないだろ。首突っ込むな」
「ちょっと英二、そんな言い方」
「そうっスね、でも」


英二から視線を外した瞳は再び私と合う。
少しだけ笑っているように見えるのは気のせいだろうか。


「越前も一応大事な後輩なんで」

苦笑するみたいな笑い方が桃城くんに合っているとは言えないけれど。
真剣なのだということは伝わってきた。

「色々考えてほしいと思っただけッスよ」
「……何を?」
「桃!」


それ以上何もいうことなく肩をすくめる。
その意味が分からず首をかしげた私にまたあの鋭い視線が降ってきたのだった。


警報が鳴っている。
私が弱くなればなるほど、彼に頼れば頼るほど。
あまりにも越前が優しいから私は境界がわからなくなる。
どこまで頼っていいのか、どこまで甘えていいのかわからなくなって。
察しのいい越前は私の全部を掬ってくれてしまう。

私が駄目になる。
頭のどこかでわかっていても弱い私は楽なほうへ甘いほうへ逃げてしまう。




ムードメーカー。人気者。菊丸英二という人はどこにいても注目の的だ。
社交的で顔が広い英二の近くにいることは必然的に周りから見られることが多くなる。

髪も爪もお化粧も、英二と一緒にいるようになってからもっともっと気を使うようになった。
英二が求める女の子像と、まわりから期待される『あの』菊丸英二に並ぶ女の子の姿のハードルはとても高い。
山のように高くて、眩暈がしてしまうようになったのはどれくらい前からだったか。
ただ英二の隣にいられれば良いと、スタミナがあった頃はどんなに楽だったか忘れてしまった。



「なまえさん?」

急に呼ばれる名前に意識が引き戻される。
ようやく焦点があった目は、越前とは違う人懐っこい後輩の姿を映し出した。

「桃城くん」

いつも元気で明るい桃城くんの眉が下がっている。
大型犬のように考えがわかりやすい彼のサイン。
それに気が付く自分も、ずいぶん彼らと距離が近くなったと思う。

彼女も友達も後輩も、一緒くたにして対等に付き合う英二と、一緒にいる機会が増えることは、つまり。
必然的にテニス部に顔が広くなっていってしまったことを意味する。
喜んでいいのだろうかと疑問に思うことも多いけれど、それでもこの後輩といると気分が楽になることは確かだった。

「元気ないね。どうかしたの?」
「どうしたのは俺の台詞ッスよ」

似合わないため息をつく姿は本当にしゅんとした大型犬の様。
自分より幾分も背の高い彼を撫でてしまいたくなってしまう。


「英二先輩となにかあったんスか?」
「どうして?」


間髪いれずに返してしまった返答は『いかにも』と如実に表していると気づいても後の祭り。
誰かと違って察しのいい後輩はもうひとつため息をついた。


「なにがあったのかは聞かないッスけど」


言葉を選ぶ桃城くんはこういう面倒事には慣れているのかもしれない。
フォローがうまい彼が少しだけ恨めしい。

「ちょっと参ってるんスよ」
「・・・英二がどうかしたの?」

あれはまるで気分屋の猫だから。
苦労させられるのは桃城くんたち後輩なんだろうとすぐに合点がいく。


「なにかっつーか、越前が」
「え?」


少し逡巡したように眉をひそめて言葉を切りだす。
予想外の名前が出てきたことに思わず聞き返した。


「越前がどうしたの?」
「アイツがエージ先輩とひと悶着あって、それでエージ先輩の悪かった機嫌、もっと急降下で」

手塚部長が来る前だからセーフっすけど、とりあえず不二先輩がなまえさん呼んで来いって。何か心当たりないっすか?と頭をガシガシと掻く、その表情には『困っている』と書いてある。


「英二が拗ねてたのは私のせいだと思うけど」


理由は至極わかりやすい、今度の日曜日約束していた映画を私がキャンセルしたから。
家の用事が急に出来てしまったと嘘偽りなく説明したのだけれど、なかなか彼には納得してもらえず。
結局拗ねてしまったのは英二のほうだ。


「越前とは特に心当たりないな」
「本当に?」


責めるような視線、と、感じてしまうのは私に負い目があるからだろうか。
ひゅ、と息をのむ。
鋭い瞳がじっと私を見つめる。
少しだったかたくさんだったか。
時間が分からなくなるくらいの沈黙を先に破ったのは桃城くんだった。

「越前となにがあったんすか?」

なにかあったか、ではなく、なにがあったか。
なにかが確実にあっただろうと予想されているらしい。
眉を寄るのがわかる。私は何を疑われていて、なんと返すのが正解なのか。

「なにって―――」
「桃!」


急に遮った鋭い言葉。
「英二」
「…エージ先輩」


話題の人、英二がラケット片手に立っていた。
その機嫌の悪さが、オーラがにじみ出ているのが見てわかる。

「なまえに余計な事言うなよな」
「余計な事?」

私の聞き返しには耳も貸さず、英二は私と桃城くんの間に割って立つ。
こちらからは背中しかみえないその表情が見えなくてよかったと少し安心する。
機嫌の悪い時の英二の怖さは一級品だ。


「桃にはカンケーないだろ。首突っ込むな」
「ちょっと英二、そんな言い方」
「そうっスね、でも」


英二から視線を外した瞳は再び私と合う。
少しだけ笑っているように見えるのは気のせいだろうか。


「越前も一応大事な後輩なんで」

苦笑するみたいな笑い方が桃城くんに合っているとは言えないけれど。
真剣なのだということは伝わってきた。

「色々考えてほしいと思っただけッスよ」
「……何を?」
「桃!」


それ以上何もいうことなく肩をすくめる。
その意味が分からず首をかしげた私にまたあの鋭い視線が降ってきたのだった。