秘密基地のありか(3年夏)
英二を迎えに教室へ行って。相変わらず囲まれているその姿に、いつだって心臓が音を立てる。
男子も女子も分け隔てなく仲がいいムードメーカーは、あからさまな女の子の好意に気がついていてもいなくても、何も臆せず公平だ。
「菊丸君、明日って練習試合なんでしょ?」
「んー?そうだよ、といっても場所は青学だけど」
「私、応援に行っちゃおうかなあ。テニス興味あるんだ」
それを笑顔で快諾する英二は、悪気があるわけじゃない。
気が付いてはいるだろう、その本意に。だけど、彼はそれでも態度を変えない。決定打がなければ何もないといわんばかりに。
英二に他意はない。だからこんな小さなことでいちいち気分を重くしていられない。わかっているけれど。でも。
「おいでおいで!いっぱいいたほうが盛り上がるし、楽しいこと間違いなし!俺が保証しちゃう」
特大の笑顔でそれを、いってしまう英二に膝の力が抜ける。
こういうことがあるのは何も今日が初めてのことじゃない。フットワークの軽い英二は。いとも簡単にそうやって距離を詰めてしまう。
そのひとことはその女の子にとってどういう意味があるのか英二は知らない。
「みょうじさん、大丈夫?」
後ろからかけられた声に方が跳ねた。私の姿に気が付いたのは、英二じゃなくて。同じクラスの不二君が、首をかしげて私を見ていた。
教室の中の彼らが気付いた素振りはなくてどこかほっとする。迎えに来たはずの私が、どうして英二に見つからないようにドアの陰に隠れるようにしているんだろう。
「邪魔だったね、ごめんね。大丈夫」
あの空気に割って入るのもいつだって勇気がいるのだ。私を見る女の子の視線、視線、視線。
英二は気が付かないだろうけれど。
「英二はもう少しちゃんと考えないといけないね」
不二君の言葉は空耳じゃない。
その顔を見ると、視線が合って。眉が下がった表情。
心臓がもう一度音を立てて、涙が出そうになる。
私がこんな気持ちになることを英二だけはずっと知らない。
「みょうじさんは?応援くるの?」
「なまえ?うーん、どうかにゃ〜。用事あるって言ってたから」
「えーっ!彼女のくせに?」
「彼氏の応援にも来ないの!?それって薄情じゃない?!本当に付き合ってるんだよね?」
英二が人気のあることはとっくに知っていて、それを今更どうこうできるなんて思ってもいない。
私なんかが隣にいていいのか。そんなことばかり気が付けば考えるけれど、そんな私でもいいと言ってくれたのは他でもない英二だったから。
何でも耐えられると思った。
陰口をたたかれても、体育でペアを一緒に作ってくれる女の子がいなくなっても。
何事もないように笑っていれば、ほんとになんでもなくなっていく。
そのたびに。英二の恋人、というポジションに、私が本当に成れて行っているようだと思って嬉しくなって。
どんなに辛くてもやっていけると信じていた。
ここで泣いたら何の意味もない。今まで耐えて頑張ってきた意味がわからなくなってしまう。
英二にどうにかしてもらおうなんて思っちゃいけない。だから、涙を引っこませよう。
に、さん。瞬きをして。
唇が震える。指先が震える。下を向いた、その地面に水滴が円を描く。
顔を上げなくちゃ、何事もなかったみたいに。早く、いつもの私にもどらなくちゃいけない。
でないと英二の隣に並べなくなってしまう。
「ねえ」
聞き覚えのある声がして、腕が引かれた。
思わず上げた視線がとらえたのは。英二よりも鋭い瞳。
意志の強そうな目。
「こっち」
引かれた腕に従って、その後輩の後を追う。
どこにいくのか、なんでここにいるのか、わからないけれど。
ここには居られない。だから、出された腕に縋りついた。
瞬きすれば球体が頬を流れる。