「……召喚、しなきゃ」

目が覚めてまず出てきたのはそれだった。
寝ている間に体験したであろう出来事…やっぱり結局のところ夢であったわけだが、それはいつものことなので置いておいて。
とにかく、俺は夢の中で出会った彼女の顔も、声も、名前も。しっかりと覚えている。…今ならいける。そんな自信が満ちあふれていた。

まだ寝ていたいと訴えてくる体を無視して起き上がり、着替えて洗面台へ。ふと時計に目を向ければ、いつもよりも少し早い時間の起床だったらしい。
支度が済んだので部屋を出て一直線に召喚室へ。ソワソワと落ち着かない心を自覚しながら、早足で向かう。

「おはようございます、先輩。今日はお早い起床のようで…、?」
「おはようマシュ!ごめん俺ちょっと召喚室に行かなくちゃならないんだ」

いつも通りの時間に俺を起こしに来てくれたのであろうマシュと廊下ですれ違う。早足で通り過ぎる俺を振り返って数秒固まっていたかと思えば、待ってください…!どうしたんですか?と心配そうな、不思議そうな声を上げながらこちらについてきてくれた。…俺の後輩が今日も可愛くて最高だ。

とにもかくにも、マシュと共に召喚室へ。足を進めながら少しだけ夢の話をしたけれど、やっぱりマシュは彼女のことを知らなかった。
…ならやはり、彼女のことを覚えているのは俺だけ。あの夢に出てきたマシュも、カルナも、アルジュナもすべて幻で、彼女と俺だけが正しくそこに居た。…もしかすると彼女すら幻で、すべては本当に俺が見たただの夢という可能性もあるけれど。それは今から確かめればいいことだ。

召喚室に入って、目に入るのは大きく『ご利用は計画的に』と書かれた紙の貼られた箱――聖晶石を貯めておくための箱だ。普段は30個単位で使ってしまうから残量にも気をつかっているけれど、今回は3個だけ手に取る。それだけで大丈夫だと思った。…どこから出てくる自信なのかはわからないけど、夢の中で彼女がカルデアで会えるのを楽しみにしてると言ったのだから。だからきっと、会える。俺の想いに応えてくれる。そう信じて、召喚陣の中心に石を置いた。


***


召喚陣が淡く光り出し、3本の輪が浮かぶ。やがてそれは輝かしい金色へと色を変えた。

「先輩……!」
「うん、…サーヴァントだ」

よりいっそう強く輝いたかと思うと、だんだんと収束する光。すべてが収まったあと、その中心には一人の少女がいた。

「こんばんは、マスター。私はシャンティ、アサシンのサーヴァント。きみを導く星たちと共に、きみが進む道を切り開いて見せよう。……なんて、ちょっとかっこつけすぎかな?」
「シャンティ……!」
「あれ、どこかで私と出会ったことある?まあその、喜ばれると悪い気はしないね」

光の中から現れた少女。美しい紺色の髪と、キラキラと光る黄色の瞳。間違いない、シャンティだ。格好は夢の中よりも簡素になっているけれど、カルデアに来るサーヴァントは皆最初はそのようなもの。きっと、霊基再臨で見覚えのある姿になってくれるのだろう。
ともかく、彼女と夢の中で交わした約束を守ることが出来たうれしさと、単純にまた出会えた喜びで思わず彼女に駆け寄る。遅れて近づいてきたマシュと、俺にとっては2度目の自己紹介をした。

「立香…とマシュね。覚えた。改めて、私はシャンティ。これからよろしくね」
「よろしくお願いします。シャンティさん!」
「よろしく、シャンティ」

まずは霊基の状態やサーヴァントとしてのステータス値などの確認のため、3人でダ・ヴィンチちゃんのもとへ。こんな朝早くから英霊召喚をしていたことに少し呆れた様子を見せたダヴィンチちゃんだけど、次の瞬間には新しく来たサーヴァントへの興味が勝っていた。

「……うん、特に目立つような異常はなし。最後に確認だけど、君の名前はシャンティ。インドの叙事詩マハーバーラタを出典とする英霊、で間違いはないかな?」
「うん。その通りだよ」
「じゃあこれで身体チェックは終わり!ここにはインド出身の英霊たちも多く居るから、初めのうちは慣れないことがあれば聞くといい」
「それは頼もしいね。ありがとう、ええと…」
「私は万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ。気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ」

わかった、ありがとうダ・ヴィンチちゃん。
にこにこと笑いながらそう答えたシャンティを見てると、こちらまでほっこりした気分になる。……夢の中の出来事がすべて本当なら、シャンティはこうして普通のサーヴァントとして召喚されるようになるまで大変だったのだろうから。ここに居る間は、少しでも楽しく過ごして欲しい。

「じゃあシャンティ、これからこのカルデア内を案内しようと思うんだけど、俺たちでいい?」
「ん?どういうこと?」
「せっかくまた会えるんだしさ、カルナとか呼ぶ?その方が気が楽だったり」
「……え」
「それはいい考えです、先輩!シャンティさんといえばカルナさんの妹として伝わる方です、きっとカルナさんも喜ばれるかと!」
「……カルナが、居るの?」

カルナの名前を出した瞬間、シャンティの顔がわずかに曇った、ように見えた。

「はい。カルナさんも、アルジュナさんも、アシュヴァッターマンさんもいらっしゃいますよ」
「そうなんだ…。カルナは強いから、きっとここでもたくさんマスターたちの力になってるんだろうね」

マシュがシャンティの質問に答えると、その表情は先程までのものに戻っていた。ほんの少しの表情の変化だったけれど、夢の中で見たあの顔と少し似ていたから。気になってしまってじっと見ていたらマスターと声をかけられ、びっくりしすぎて肩が跳ねた。

「マスター?大丈夫?」
「だ、大丈夫!どうかしたの?」
「あ、うん。さっきの話なんだけどね、やっぱりマスターたちに案内して貰いたいな。今日は2人と会えた記念日だから」

なんだかとても嬉しいことを言われたので考えていたことが頭から抜けた。マシュも目をキラキラさせてシャンティさん…!と喜んでいるみたいだ。


***


じゃあ今回は俺たちで案内を。とカルデア内を紹介して回り、一段落ついたので3人で休憩しようと食堂へ。エミヤが試作品だと出してくれたお菓子を食べてシャンティが目を輝かせている。すごい、おいしい、と繰り返し呟くから少し離れたところにいるエミヤも嬉しそうだ。よっぽど気に入ったのかな。俺の分も少し分けてあげよう。

「一通り案内は出来たと思うけど、どう?カルデアは」
「うん、いいところだと思うよ。綺麗だし、清潔感あって。ちゃんと娯楽もあるのがいいね」
「気に入っていただけたのならなによりです、困ったことがあればいつでも声をかけてくださいね」
「ありがとう、マシュ。頼りにしてるね」

和やかな雰囲気で談笑していたとき、急にシャンティが「あ、」という声と共に立ち上がった。

「シャンティ?どうかした?」
「ごめんねマスター、マシュ。私そろそろ部屋に戻るよ。」
「えっ、もう…ですか?」
「初日だし、色々見て回って疲れたのかも。またあとでお話ししようね、それじゃあ」

そういうと、返事も聞かずにすっと霊体化してどこかへ行ってしまった。大丈夫でしょうか…と心配そうにしているマシュに来たばかりだしちょっと疲れちゃったんだよ。と声をかけていると、入り口のほうから声が聞こえてきた。目線を向けるとそこにはカルナとアシュヴァッターマンの姿。
……よくよく思い返してみると、先程までのカルデア案内の最中にもシャンティが、こっちには何があるの?と突然方向転換をする場面があった。その時は周りを確認してなかったから確定ではないけれど、これは…

「避けてるよなぁ…」
「先輩?どうされました?」
「えっ、あー、うーん。……あのさマシュ。これは俺の想像なんだけど…」


***


「シャンティさんがカルナさんを避けている、ですか?」
「あっマシュもうちょっと声抑えめに…!」
「え、あっ、す、すみません」

慌ててカルナの方を見たけど聞こえてはいなかったみたいだ。アシュヴァッターマンと並んで食事をしているのが見える。無意識に息を止めていたようだ、ほっと息を吐いて、もう一度マシュと向き合った。

「それで先輩、カルナさんだけを避けている、というのは…」
「俺も最初は同じ時代を生きたサーヴァント全般を避けてるのかなって思ったんだけど。でもそうだとしたらダ・ヴィンチちゃんがインド出身の英霊もたくさんいるって言ったときに喜ばないと思うんだよね」
「なるほど…。しかしなぜ避ける必要があるのでしょう?お二人は兄妹として過ごされていたのですし、仲が悪かったというような話も聞きません」
「うーん…、久しぶりに会うのが気恥ずかしい…みたいな感じではなかったよなあ。どちらかというと、気まずい…みたいな」

考えても答えは出ない…まあ当たり前か。夢の出来事があるにしても、シャンティはここに来たばかりだ。まだ俺は彼女のことをよく知らないし、彼女も俺のことを全然知らない。今すぐシャンティになんで避けてるの?って聞いたところではぐらかされるに決まっている。

「いつか、きっと理由を教えてくれるよね」
「…そうですね。必ず」
「なら今はとにかくシャンティと仲良くなろう。たくさん出撃して、たくさん遊ぼう!」

そうしたらきっといつか、あの夢で見たように、穏やかに笑いあう二人が見られると信じて。



back top