主さんが「お見合いする」って言ったとき、僕は即座に「よし、一服盛ろう」と思った。

「……何故そうなるんだい」
「何故と言われても……」
「行ってほしくないのなら、ただ一言行くなと言えば済むことじゃないか」
「僕がそう言って、あのひとが聞くと思いますか?」
「質問に質問で返さない。そもそも彼女が聞くか聞かないかは、まず口に出してみなければわからないだろう」
「なるほど、ド正論ですね」
「はぐらかさない。あと、さりげなく足を崩すんじゃない」

 歌仙さんは注文が多い。
 もぞもぞと動かした足を目敏く見咎められて、また正座へと戻しながら、僕はこっそりと口の中だけで溜息をついた。

 うららかな昼下がりである。
 執務室。その部屋の真ん中で不本意にも正座をさせられている僕。目の前には仁王立ちの歌仙兼定。おっかないはおっかないが、内番服なのでまだ可愛げのようなものが存在している。おもにおでこの辺りに。言わないけれど。
 いつもなら大抵僕のこの位置にいるのは兼さん──和泉守兼定なのだが、今日はまかり間違ってこうなってしまった。その兼さんは通りすがりに僕を見て「オレの相棒なら運命共同体ってこった」と笑っていたけど、歌仙さんに「堀川のあと、和泉守にも話がある」とにっこり凄まれて顔を青ざめさせていた。今度は何をしたんだろうか。

 あーあ、本当に、こんなはずじゃなかったのに。

 障子の向こうの庭からは短刀たちの甲高い声が聞こえてくる。どうやら雪合戦をしているらしい。微笑ましい遊びに興じているように思えるけれど、粟田口の子らが主体となったその遊びには高度な戦略と戦術が織り込まれていることは知っている。ただの遊びにも手を抜かないのだ。長兄の教えなのかは知らない。
 皆可愛らしい容姿を持ちながら、その実とても油断がならない。実用性と美の両立とはよく言ったものだ。それを実践するのは決して簡単なことではないというのに。

 まあ、色々御託を並べてしまったが、総じて僕が言いたいのは、やっぱり一番油断ならないのは薬研藤四郎ということだ。今こうして正座するはめになっているのは全て彼のおかげなので、有難くって涙が出る。出ないけど。

「ま、主が見合いを撤回する気がなかったってのは認めてやったら? 歌仙。俺らが言ったって聞かなかったんだし」

 部屋の中にはもうひとり。僕や兼さんとは古くから顔なじみの、加州清光である。彼は爪紅が気になるのか、手に持ったタブレット端末を机に置いて、指を照明にかざしている。さっきまでそのタブレットを構えて、僕と歌仙さんを動画で撮っていた。なんとかそのムービーが主さんの元まで出回らないよう画策するのが目下の目標だ。パスコードはいくつだろうか。うっかりを称してお茶でもかけてしまったほうが早いだろうか。
 横目でじっと視線を送る僕に気がついたのか、清光くんはタブレットを抱え直して「これ、高かったんだからね」とさりげなく釘を刺した。彼は偵察が苦手だと言うが、意外とそうでもないというのが僕の見解だ。

「それを認めるのは僕もやぶさかでないけれどもね。信頼している刀に一服盛られるなんて、主が気の毒だとは思わなかったのか?」
「その点については全く問題ない予定でした」
「……一応、理由を聞いておこうか」
「そもそも薬を盛られたということに気付かせるつもりは一切なかったので」

 歌仙さんは仁王立ちのまま、もう付き合ってられるかと言わんばかりに天を仰いだ。清光くんはそれを見て「こういう奴なんだよ、諦めなよ」と乾いた笑いをこぼしている。失礼しちゃうなあ。でも彼はなんだかんだで主さんが見合いに行かずにすんだことを喜んでいるようだから、今のところ僕とは同志という感じだ。ムービーの件は別として。

 ──そうなのだ。僕はそもそも、主さん本人にも周囲の誰にも悟らせることなく事を進めるつもりだった。
 眠り薬の入手に関してだけは薬研くんを頼らないわけにはいかなかったから、最近不眠の気があるみたいでなんて至極もっともらしい理由をつけて話をしに行ったけれど、それだって絶対に疑われない自信があったし、薬研くんだっておそらくその時点では僕の真意になど気付いていなかったはずだ。豪気な性格だから、基本的に小さなことにはこだわらない。僕が不眠なのだと言えば、素直にそうと受け取ったろう。
 ただ、小さなことにこだわらないのと、細やかな気遣いができることは全くの別物だ。僕に敗因があるとすれば、その辺りを危惧したために根回しを念入りにしすぎてしまったことか。

 朝食のあとに淹れたお茶に薬を仕込み、主さんへと出した。普段から燭台切さんや歌仙さんに混じって配膳の手伝いをしているおかげで僕の行動を疑問に思う者は誰もいなかった。もちろん当の主さんも。彼女が無邪気に「ありがとう」と言ってなんの躊躇いもなく湯呑に口をつけるのを、僕は嬉しいような悲しいような、申し訳ないような憐れむような、そんな興奮じみた仄暗い心持ちで眺めていた。
 薬が効くまでに少し間があることはわかっていたが、正確な時間などは把握しようもないので、食器を片付けて歌仙さんと二言三言会話をして自室へと戻っていく彼女のあとをこっそりつけていった。予想以上に早く効き目が現れたらしく、部屋へ入るなり座り込んでしまった主さんの身体を、怪我することのないように支えて。その際、朦朧としながらも彼女が薬研くんを呼ぼうとするものだから、ついむきになって答えてしまった。本当は、僕の存在を認識させるつもりなどなかったのだが。でも、すぐに眠り込んでしまったから夢だと思わせればいくらでも誤魔化しはきく。誤算と呼べるほどのものでもなかった。
 床の準備をし、完全に意識をなくした彼女を寝かせ、机の上に置かれていた本日の指令書を取り、遠征と内番のメンバーが書かれたそこに若干の手を加えて、振袖の着付けのためにやって来た歌仙さんを廊下で捕まえ、事情を説明してそれを渡す。そこまで事を運ぶのになんら問題はなかった。急にやって来た月のものがいつも以上にひどくて動けそうもないから見合いは取りやめるそうです、薬を飲んで寝ていれば良くなるから心配ないと追い出されてしまいました、これからこんのすけを通じて現世へ連絡を入れます。そう言ってしまえば、慎み深い歌仙さんは眠っている女性の部屋へ押し入ることはないだろうと思ったし、実際そうだった。指令書の改ざんも、ものぐさな主さんは普段からしょっちゅう書き損じたり名前を入れ替えたりしているから、疑われる可能性は低かった。筆跡にさえ気をつければ。

 誤算はやはり、あの粟田口が一振りだ。

 月経は女性に毎月やって来るもので、痛みや貧血などの体調不良を伴いはするが特別な病気でないことは皆知っている。口実には、うってつけだった。原因も対処法も主さん本人が誰よりもわかっているから、他者が介入することはない。つまり、普通の体調不良と違って薬研くんが診察をすることはない。
 それでも万が一彼が主さんを診てしまったら、きっと薬で眠っていることは一発でバレてしまう。そう思い、念には念を入れ、彼を元々割り振られていた馬当番から遠征に出る第三部隊へと移動させた。どの刀剣男士であっても、出陣や遠征や内番、なんなら近侍だって、平等にお鉢が回ってくる。何も不自然なことなどなかった。完璧だった。いや──完璧すぎたのだろうか。

 誓ってもいいが、彼は本丸を出るまでに主さんの部屋へは一切近づかなかった。それにもかかわらず、あの短刀は、薬研藤四郎は、遠征の見送りに出た歌仙さんと、そして初期刀である山姥切国広の前で僕にこう宣ったのだ。

「あの眠り薬は副作用の心配はないはずだが、刀剣男士が服用すること前提で調合してあるもんだからな、大将にはちっとばかし効き目が強すぎるかもしれん。念のため、目を覚ましたら容体に異変はないか確かめて書き記しておいてくれるか」

 あんたも、お人が悪いな。爽やかにそう言ってのけて彼は旅立っていったが、どうあっても、どう考えても、お人が悪いのは彼のほうだった。こればっかりは本当に、誰がなんと言おうとも、天地がひっくり返ろうと、異論は認めない。

 容体を記録しろと薬研くんは僕に言い残していったが、その役目は山姥切に譲られた。
 僕はといえば、即座に執務室で雅な正座コースへと直行である。



『大胆なわりに回りくどい。雅じゃない』

 天を仰いだままの歌仙さんにそう評され、彼のスペシャル雅S4(サシで・説教・仕置き・正座)コース(命名・兼さん)は20分ほどで終了した。僕は僕でずれている自覚はあるけれど、歌仙さんも大概だと思う。
 最終的に彼は僕がはぐらかしたままの答えを無理に聞こうとはしなかった。

 仮に、見合いに行くなと言ったとして、あのひとが聞かないだろうと思ったことは嘘じゃない。普段から気安く接している清光くんや短刀たちが可愛らしくごねてみせたって撤回しなかったのだ。僕が行くなと言ったところで、同じことだろう。ああ、そうだ──僕は怖かった。臆病者だった。おまえは数十ある刀のうちの一振り、それ以上でも以下でもない。そんなわかりきった、純然たる事実を、ほかの誰でもない主さんの口から聞くのがただ怖かった。
 それなのに、そんな僕の気も知らずに彼女は呑気に婚活でもするかなんて呟くから。

 ヒトの身体を手に入れてから、心もずいぶんとそれに引きずられるようになった気がする。
 このどろどろとした感情は、ヒトゆえのものなんだろうか。それとも、僕が僕であるがゆえか。わからない。わからないし、もうどちらでもいい。
 端的に言って僕は怒っていた。否、怒っている。こっちの気も知らないでどこの馬の骨とも知れない男漁りに興じようとしていたことも、僕の気持ちに気付いてくれないこと自体も──本当のことをまるで気付かせてくれなかったことも。

 僕は数十ある刀のうちの一振り。主さんは主として、刀種も見た目も強さも来歴も関係なく、己の刀たちを分け隔てなく平等に愛してくれている。誰もが特別であり、誰ひとりとして特別にはならない。そう思っていた。

 彼女は今、それは違うと言ったのだろうか。

「……っていうか、堀川が一言『行くな』って言ってくれてたら、長谷部もびっくりの機動で即お断り申し上げたのに」

 彼女が目を覚ます頃を見計らって部屋を訪れた。何か飲むものをと思って再びお茶を用意した僕を、清光くんは不治の病を宣告する医者のような顔で見つめていたけれど、それは割愛するとしてだ。部屋の外で立ち聞いてしまった事実は、僕の動揺と湯呑の中の茶の儚い運命を引き出すには充分だった。
 こんなときばかり気を回す山姥切が出て行って、開け放たれた襖のこちら側で僕は空っぽの湯呑を盆にのせたまま立ち尽くし、向こう側では主さんが布団の上に起き直って口をぱくぱくとさせながら、赤くなったり青くなったりしている。この時点で僕の選択肢は、たったの二つ。すなわち部屋の中に入るか、入らないか。当然、前者を選ぶべきだというのはわかっていた。入って襖を閉めて、詰め寄って、膝を突き合わせて、耳に入れたばかりの言葉の真偽を問い質す。……それだけで済むのかどうかは、置いておいて。

「……お茶を淹れ直してきます……」

 結果──僕は、逃げた。動揺のあまり情報を処理しきれず、たぶん自分も赤くなったり青くなったりしながら、襖を閉めて。
 空の湯呑を引っさげて厨房へと戻った僕を見る兄弟の碧い瞳は完全にこの意気地なしめがと語っていたけれど、でも、だって、こんなの急に死角からガン積みにした金投石兵の総攻撃をくらったようなものだろう。僕のなけなしの刀装はもうボロボロ、演練や秘宝の里、連隊戦みたいに帰れば元通り、なんてわけにはいかないんだ。

 ああもう、大体、いつからだ。そんな素振りちっとも見せてくれなかったくせに。誰に対しても愛情深くて、つんけんしているようなひとに対しても根気強く、調子良く、けれど不快にならないような気遣いができて、粗雑なところもあるけど気取ってなくてあたたかくて、超がつくほど鈍感で、僕のことだって世話焼きな弟くらいにしか思ってなかったはずで、あと恋とか特別とかではないのかもしれないけれど初期刀に対してだけはやっぱり一種の気兼ねなさみたいなものが見え隠れしていて、いっつもまんばくんまんばくんって、ああもう。

 湯呑を洗いながら、ぶつぶつと呟く僕の横で、その初期刀はぼそりと言った。

「全て、ぶーめらんというやつだな」

 うるさいな、知ってるよ!



 あの『見合い阻止一服事件』から3日が経った。まどろっこしいのを抜きにしてさくっと言ってしまうと、僕は主さんに避けられている。

 目が合えば逸らされ、声をかけようとすれば即座に大声で遮るようにほかの誰かを呼び止め、ならばと誰もいないときを狙えば脱兎の如く逃げ出して山姥切を見つけ出し、布の中に隠れる。呆れかえって「いつから布おばけになったんですか」と問えば「布おばけじゃありません、布の妖精です」と返される始末。どう違うんだ、それ。ちなみにその間中、山姥切はずっと俺を巻き込むなと言わんばかりに総シカトだった。もう少し兄弟の恋模様を応援してくれたっていいじゃないか。変な言葉ばっかり覚えてないで。

 確かに、確かに、僕は僕を避け続ける主さんを責める謂れなど持ち合わせていないのかもしれない。だって、最初に逃げてしまったのは僕のほうだ。あのとき逃げずにちゃんと向き合って、彼女を捕まえておけばよかった。でも過去を悔いても仕方ない。過去は変えられない。僕らはそのために、戦っているのだから。

 というか、普通に腹が立ってきた。
 自分を棚に上げている自覚はある。山姥切の言った、ブーメランの意味もわかる。でも、あんな爆弾発言をしておいて、そのあとずっと逃げ続けるだなんて、とんだ生殺しじゃないか。

 ああ、ああ、ほら、そうやって今も。


「……」

 うららかな昼下がりだ。
 庭に面した廊下の向こう側から、何やらしかめ面をして書類を見ながら主さんがやって来る。よほど書面の内容に集中しているのか、洗濯物を抱えた僕が向かいにいることにも気がついた様子はない。こちらが歩みを止めてみても、同じだった。久方ぶりにこんなに近づいたんじゃないかというくらい接近してから、声をかける。

「余所見をしながらだと、いつか転びますよ」

 彼女が顔を上げた。前髪が、さらりと揺れる。一拍──いや三拍ほどか、おいてから、ようやく向かいにいるのが僕だということに気付き、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていった。すぐに踵を返した彼女によって、その赤はすぐに見えなくなった。書類の一部が宙を舞う。

「あ、ちょっと……」
「ひゃっ……」

 床に落ちた紙に足を取られ、主さんの身体が均衡を崩す。考える暇は──もう、なかった。

「……」
「……だから転ぶと、言ったのに」

 距離が近くてよかった。滑ってこちら側へと倒れ込んできた彼女を間一髪で受け止めることができた。背中と腕を支え、きちんと立たせてやる。かろうじて彼女の手の中に残っていた書類が、ぱさぱさと廊下の木目を路にして滑走していく。
 3日前にも同じようなことがあったなぁと、ぼんやり考えた。あのときの主さんはほとんど意識をなくす寸前だったから、立たせることなく、そのままずるずると座らせたのだった。僕の胸板にぴとりとくっつく彼女の肩、鼻に触れる髪、ふわりと漂う香り。あのときと同じようで、まるで違っているものは。

 横から覗き込んだ彼女の顔が、今にも熟れてこぼれ落ちそうなほど真っ赤に染まっていることだ。

 先日のことは除外して、これまでにもこういう状況が全くなかったわけではない。おっちょこちょいというほどではないにしろ、それなりにうっかりすることの多い主さんはちょくちょくこうやって転びかけたりぶつけたりすることがあり、僕が今と同じことをするのも一度や二度ではなかった。助けるという名目以外でも、こんなふうに密着する状況はいくらでもあった。そのたびに彼女はいつも通り、にこりと笑ってごめんねとありがとうを言い、僕もいつも通りにどういたしまして、気をつけてくださいねと言う。ずっとそうだった。笑顔を貼り付けた奥の奥で、触れた身体が柔らかいだとか、いい匂いがするとか、そんな疚しい、刀と主という関係からはおよそ逸脱した下心を抱いているのは自分だけなのだと思っていた。

 なのに、今は違う。僕は主さんの気持ちを知っている。主さんも、僕の気持ちを知っている。

 ごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえたのか、彼女はびくりと肩を震わせて、今にも水膜の張りそうな緩んだ瞳を彷徨わせた。腕を支えている僕の左手の袖口を、小さな右の指がそっと掴む。それはたぶん離してくれという意思表示だったのだろう、でも、彼女の気持ちを知ってしまっている今では、もうそれは縋っているようにしか見えなかった。あながち全くの幻想というわけでもないのだから、余計にたちが悪い。
 ああもう、こんなのどうしろと言うんだろうか。己のことを棚に上げて、逃げ続ける主さんを追い回しては文句を垂れていたくせに、いざこの手の中に彼女を収めてしまうと、どうすればいいのかわからないことに気がつく。だって最初の最初、少なくとも薬を飲ませた直後までは、こんなのは一切予定になかった。いっそのこともう一度薬を飲ませて、最初からやり直したい──。

 変えるわけにはいかない過去のために戦っていると抜かしたのはどこの誰だ、堀川国広。

「……」

 僕はどうしたかったのか。僕はどうしたいのか。答えはシンプルだ。今再び薬なんか飲ませたところで、塵芥ほども意味がない。邪道だ。僕は邪道を好むけれど、それには意味があると思っている。でも、決して正道を蔑ろにしているわけじゃない。正道にだって、意味がある。
 今は──そうなんだろうか。邪道を極める前に、まず正道に則ってみるべきだったというんだろうか。
 主さんがそうしろと言ったように、ただ一言『それ』を言えば済んだというのなら。

「主さん」
「は、はい」

 いつになくおとなしめな返事をする彼女の顔を、自分の身体をずらしてさらに覗き込む。真っ赤に染まった頬が果実のようで美味しそうだ。ああ、可愛い。食べてしまいたい。でも、まだ我慢しなければ。本当に正道に則ろうというのなら。
 僕はどうしたいのか、彼女にどうしてほしいのか。答えはシンプルだ。

「……もう二度と、見合いになんて行くなよ」

 耳元で、囁いた。
 一拍、二拍、三拍──四拍おいたところで、効果音でもついてそうなほどに、それまでにも充分真っ赤だった主さんの顔が、さらに熟れていよいよ首から落ちるかというくらい、もういっそ眠らせてやったほうが親切なのではと思うくらい、色を増して赤く染まった。
 そして、それを見て僕は気がつけば、長谷部さんもびっくりの機動で唇を奪っていた。

 ──ああもう、本当、こんなはずじゃなかったのに、薬研くんが謎の索敵スキルをカンストさせていなければ最初からこんなことにはなってないし、もっと段階を踏んでじわじわと時間をかけて攻め落としていくつもりだったのに、というか薬研くんより誰よりこのひとといると調子が狂って思い通りにいかないことばかりだ!

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