Sucreve
いずれ鋼鐵塚を名乗る女の話








煮物を作ろうと、蒟蒻を千切っていると背後からそれはそれは低い声がした。
「何で包丁使わねぇんだてめぇはよぅ」
「うっわ何びっくりしたやめてよ」
振り向くとそこに立っていたのは鋼鐵塚。名前で呼ぶと文句を言われるので蛍、と呼ぶことはない。
「何で!俺の!包丁!使わねぇんだ!!」
漫画のように地団駄を踏みながら、彼は自身が打った包丁を示す。
「何でって……煮物にするから。千切った方が味が染みやすいの」
「……そうなのか」
「あとその包丁切れすぎて怖いから使いたくない」
「何だとぉ!!」
この俺の包丁が使えねぇってのか!!癇癪を起こした彼は頭から湯気が出そうな程憤っている。面倒臭い。
私が何故こんな男の食事を作っているかというと、仕事だからである。
鋼鐵塚蛍という男は刀鍛冶だ。腕はいいのだがどうもそれ以外の事が出来ない。寝食を忘れるくらい仕事に没頭する、と言えば幾らか聞こえはいいが、その実ただの駄目人間である。冷静に考えてくれ。三大欲求の二つを疎かにするのは只の人間失格である。細かい話については思い出したくない事もある為割愛するが、兎に角鋼鐵塚蛍とはそういう男だ。
そして私は何の因果かこの男と近い歳に生まれてしまった。同い歳ではない。私の方が幾分か下だ。明言は避けるが。
そのせいでこの男と仲良くしてあげてね的なまぁよくあるあれな感じで割と一緒に育った。成長するにつれてこいつの世話をするようになった。子供心にこの男年上のくせに私より生活能力無いぞと思ったのがきっかけである。
そこからうっかり使命感のような責任感のようなものを抱いてしまったが故に、この男の世話をしている。後々これは里長直々の命になった。世話してくれるんならそれに越したことはないし本人がやる気あるならいいよねよろしく、とか要約するとそんな感じだった。
余談だが、私が大きくなってから、すっかり鋼鐵塚の世話をするのが日常になった頃に、“案外妹みたいな存在がいたら落ち着いたりするんじゃね?と思って近付けた。無理だった”とは里長の言である。流石に殴った。このクソジジイ!って殴った。周りにいた人も止めなかったので心置きなく殴らせてもらった。後でめっちゃ謝ったけど。
誰がそんな情操教育の子犬のような扱いされてると思うんだよ。いくら何でもキレるよ。むしろそれでもこいつの世話してる私偉くないか本当。
と、まぁそういうわけでこいつの世話をしているわけである。
俺の包丁の何が悪いとか騒いでいる鋼鐵塚を無視して手を動かしていたので煮物も出来た。さっさと晩ご飯食べさせて帰ろう。
「ご飯出来たから、食べよ」
「……おう」
若干大人しくなった鋼鐵塚と居間に移動する。鋼鐵塚は「俺の包丁で切ってねぇ飯」と変な恨み言を言っているが無視した。もう何年も自分の包丁使って作ってるから今更だしあの包丁怖いし。
以前知らずに使って、鮭を捌こうとしたら頭を落とすと同時に俎が三分の一程切れた。引いた。以来、自分の包丁を持って来ている。
「あの包丁切れ過ぎて怖いのよ」
「切れねぇ方が怖いだろ」
「どういう理屈」
「変な力入って危ねぇだろ。それで手が滑ってみろ怪我するだろうが」
「はぁ」
「怪我したらどうすんだお前。痛ぇぞ。それにどうせ怪我すんなら切れる包丁の方が傷も綺麗で治りも早い」
どういう理屈だ本当に、と言おうとしてふと気付く。もしかしなくとも私の為だったりするんだろうか。私が怪我をしないように。しても被害が少なく済むように。
なんて自惚れつつ、明日は彼の包丁を使ってあげてもいいかもしれない、と煮物を口に運んだ。




翌日、鋼鐵塚は私の包丁を持ってきて、「研いでやった」と言った。「俺の程じゃないがよく切れる」と非常に得意げな顔をしていた。
勝手に何してんだと思いつつ使ってみたら、俎にめちゃくちゃ食い込んだのでやっぱこいつ私の心配なんざしてないわただの刀馬鹿だと思った。


終.

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