01
兄がボーダーに憧れて三門市に引越しして1年で亡くなったという知らせを聞いた。呆気ないというか滑稽というか。兄を溺愛していた両親は家を離れたときでさえおかしかったのにさらに精神的におかしくなっていた。葬式から数日後、家のインターホンを鳴らす音に昔ながらの家だから引き戸をあけて出ればボーダー隊員を名乗る東さんという方が家を尋ねた。
「君が千里ちゃんかい?」
話を簡単に伺うと兄を看取ったのが同期である東春秋さんという今目の前にいる方で今回家族に挨拶するためやってきたようだ。律儀な人だなという印象だが、タイミングが悪い。
「せっかく来ていただいて申し訳ないんですが、」
私の言葉の途中でタイミングよくやってきた警察と救急車のサイレントの音がお家の前で止まった。
「君か?親が首吊りしていると通報したのは、」
(ーヤ
「は?」
「はい、私です。玄関から入って奥の部屋です。」
警察と救急隊員が家の中に入っていく中、その東さんは顔をしかめて私を見る。今日の朝起きたら両親が首吊り自殺をしていて、その近くに置いていた紙には兄の名前があり、すぐそっちに行くねと書かれているだけで、やっぱり私の名前はなかった。元々兄贔屓が強く愛されていなかったから朝目が覚めて首を吊る両親を見ても悲しいとか何も感情がわきでてくることはなく、やっぱりなという気持ちでいっぱいだった。救急車や警察は両親の死体を引き取り、そのまま話を警察にするところだったのを東さんが後日にしてくれと話をして後日になり、警察や救急車が帰っていき、再び静寂になる。
「千里ちゃん」
「はい」
「俺とボーダーにいこ。」
何も聞かれなかったけど、何も話さない私の目線にあわせて手を握った東さんの手は暖かかった。
あれから1年、当時高校2年生だった私は18歳になり数ヶ月後の春には大学生となる予定であり、ボーダー隊員としても生活をしている。大学なんて行くつもりもなかったが後継人となった城戸司令の命令だ。従うしかない。
スナイパーとして、東さんに色々と教えてもらい、ただひたすらに練習してランク戦をしていたらいつの間にかB級にあがるも誰ともチームを組む気はなく声をかけられても必要ないと突っぱねていた。1人でずっと生きていたのだから1人で強くなりたい。これまでもこれからも他人は不要だ。
「スナイパーの次はアタッカーの練習にグラスホッパーまで、、千里ちゃん休んでる?」
「関係ないでしょ、あなたには」
「あいかわらず冷たいね〜千里ちゃんは」
私が名前を呼ばれるのが嫌なことわかっていながら入隊当初からいる迅という2歳下の男の子はずっと絡んでくる。私に構うな、名前を呼ぶな、視界に入るのも嫌だと伝えても会うたびに声をかけられて、ぼんち揚げ食べる?なんて呑気に聞かれる。迅だけではない。風間くんや木崎くん、諏訪くんは同い年だからと声をかけてくる。今まで人と関わる機会もなければ私を心配するように声をかけてくるのもおかしい。何を企んでいるんだろうと考えてしまう。ぐるぐるとする感情が気持ち悪い。昔に感じていた感情に似ている。兄と2人でいるときだけは許されたあの時間。でも結局は兄にも捨てられた私は他人には必要とされない人間なんだ。
「千里ちゃん、もっと人を頼ってもいいんだよ?千里ちゃんが怖がるものはここにないし、みんな千里ちゃんと仲良くなりたくて声だってかけてるんだし、」
人を頼れ?何を言っているんだろうこの男は。仲良くなりたい?未来のサイドエフェクトを持ってるから、私の未来を気にして声をかけてるんだろうけど、私の過去も知らないくせにこの男はヘラヘラして、すごく腹立たしい。
「っそんな訳ないでしょ!あんたに何がわかんの!人を頼れ?仲良くなりたい?、、そんな人がいる訳ない!いたなら、、なんで私は、、お兄ちゃんに捨てられたのよ、、」
「えっ、千里ちゃんまさか、、」
ランク戦室なことを忘れて声を荒らげてしまったことに気づく。迅が何かを言いかける前に逃げるようにその場から立ち去った。
身寄りがない私にボーダー内に用意してもらった部屋に飛び込みそのままトリガーをオフしてベッドに飛び込む。戦っているときは感情がオフに自然となるから何も考えなくていい。だから寝る、食べる、高校も必要最低限しか出ずに基本は狙撃練習場かランク戦室で誰かとひたすら戦っていた。
「余計なことなんて考えたら、弱くなる、、」
お兄ちゃんが一緒にいたときは私を大切にしてくれたのを感じた。口数は少ないし、無愛想だったけど、私を大切にしてるんだと感じれてお兄ちゃんの前だけは素直な気持ちを吐き出せた。そんなお兄ちゃんも、私を置いていき、1人で死んだ。何も考えたくなくて目を瞑り、眠りについた。
つい先程、迅に呼び止められ、すぐに千里ちゃんの兄であり俺の同期だった千棘の話をしろと言われた。彼女は千棘が何故ボーダーに入ったのか知らず、置いていかれ捨てられたと思っているらしい。千棘を知る人物はみんな知ってるぐらい彼が妹思いなことを知っている。口数は少ない男だが、千里ちゃんと出会って1年も経つのにそんなすれ違いが起こっているとは夢にも思わなかった。
迅と会ってからそのままボーダー内の彼女の部屋の前に行き呼び鈴代わりのようなボタンを押すも反応がない。部屋にいると言っていたが迅のサイドエフェクトが外れたかと思ったら、部屋の扉が開き、さっきまで寝てましたという顔ででてきた千里ちゃん。
「……東さん、?」
「おはよ、ちょっと話せるか?ついでに寝起きに飲み物買ってやるよ。」
「…わかりました、」
1回部屋の中に入ったと思えばパーカーを着込みもう1度出てきた。彼女の物にしては大きいサイズのパーカーはきっと彼の兄の物だろう。なんとなく見た事があるマークのパーカーに懐かしい気持ちになりながら自動販売機まで行った。
俺はコーヒーと彼女はお水。自動販売機前のベンチに腰掛け、どう話を切り出すか考えていると先に口を開いたのは彼女だった。
「みんな変なんです。」
「変、とは?」
「私と仲良くなりたいって言ったり心配しているみたいに声をかけるし、変なんです。」
「それは変じゃなく、純粋に仲良くなりたくて心配で声をかけてるんじゃないのか?千里ちゃんはそう思えないか?」
「だって、…私の両親は私を愛してくれなかった。何が悪かったのか今でもわからないぐらい、兄に執着して、私には無関心だったから。」
彼女の両親のことは知っている。彼女の兄から聞いたのもあるし、彼女のお家を訪問したからこそ彼女はあのお家で浮いていた。
「私の兄だけは、私に優しかった。口数は少ないし、無愛想だけどすごく大切にしてくれて、私も兄の前だけは素直になれました。」
彼女の告白、いや独白の言葉はただ淡々と事実を述べるみたいに告げる。
「兄だけは私を愛してくれていると思っていたのに、兄は2年前私を捨ててここにきた。結局兄も私がいらなくて離れたくてここにきたのに、1人で死んでいった。だから私は、1人でなんでもできるように強くなりたいんです。全てを覚えて、誰にも頼らず誰にも助けられないように、」
復讐に囚われている秀次と似ていて、どこか違う彼女は誰にも頼りたくないと言いながら誰か助けて欲しいと言っているようにも聞こえた。
「千里ちゃん、千棘の話をしていいか?」
「……どうぞ。」
「俺と千棘が同期なのは最初に話したよな?」
こくんと、頷く千里ちゃん。
「千棘は確かに無愛想で、無口な奴だけどたった1年もしないうちにA級にあがったすごいヤツだった。それは他のやつにも聞いてるだろ?」
こくん。
「あいつはA級に早くあがりたい、強くなりたいってすごい必死に頑張ってたんだ。何を目標にしてるのか聞いたら、ここで俺が強くなれば妹が来ても守れるんだ、って言ってたよ。」
ぎゅっと握られる拳に動揺したように開く目。
「あいつがお前を捨てたわけがない。どんな時も、ここに来た時や死ぬ間際まで妹の事しか言わなかったあいつは千里ちゃんのためにボーダーに入ったんだ。」
「っっうそ、、です、そんなの、、」
「あいつを知ってるやつ全員に聞いてもわかることさ。千里ちゃん、君はトリオン量のせいで近界民に狙われたって聞いたよ。ここみたいに数は多くないにしろ、なんとかしないといけないと思ったあいつはまず自分がボーダーで確約された位置について妹を迎えにいくと言っていた。」
「じゃあなんで何も……、っ言おうとしてたのを私が聞かなかったんだ、、」
何か思い当たることがあるのか顔を青くさせる彼女に、ここに来る前自分の作戦室から持ってきた1枚の手紙を渡した。
「これは俺が千棘から預かったものだ。時期をみて渡そうと思ってたんだが、遅くなって悪いな。」
「手紙……、」
「俺の事は気にせずに読みな。」
手紙を開けて読み始める彼女。中身は知らないが、あいつが死ぬ間際に自分の部屋にあるこの手紙を妹に渡してくれと頼まれた。ボーダーにいるからこそいつ死ぬかわからないから残したんだろう。
兄からの手紙はボーダーに行ってからもたくさん送られていた。でも裏切られたと思っていた私はそれを読まないくせに捨てることもできず溜まったまま今もボーダー内の自室に束になって残っている。
読み始めれば兄らしい手紙だと感じる。読む頃は死んでいることを想定して書いてあるからこそ、私を東さんに託したこと。ボーダーに行くと決めた日に私が大嫌いと言った言葉も本心ではないとわかってること。兄が変わらず私を愛してること。ボーダーには必ず私を愛してくれる人がいること。そして、ここにいるという事はもう自由に生きていいんだということ。そんな内容が書かれた手紙だ。
私が最後に言葉を交わした事を気にしている事もわかっていて一人ぼっちで生きようとする私のこともわかったうえで残した手紙に、初めて涙が流れた。
「っっお兄ちゃん、、っ」
兄が死んだと聞いたときも両親が首吊りしたときだって涙はでてこなかったのに今はとも止めなく流れ続ける。
「千棘が最後に受けた任務、帰ってきたらここにお前を迎える話を城戸司令たちにもしていた。あとは千棘が任務から帰ってくるだけだったんだ、、お前の兄を守れなくてごめんな。」
私が泣き始めてから背中を優しくなでる東さん。その言葉にこの人も悔いているのだろうか。手紙に書いてあるように、兄は東さんをとても信頼していたのだろう。
首を横に振り、東さんの胸に身体を預ければ黙ってそのまま抱きしめてくれた。
「ありがとうございますっ、、兄を、独りにしないでくれて、、っっ」
「っ、ああ、あいつとは1年しかいなかったけど、俺の自慢の親友だ」
その言葉に更に涙が出て、初めて私は兄が死んだんだと実感した。
暫くして涙がとまり、東さんの服に涙の跡で濡れてしまい申し訳ない気持ちになった。
「東さん、すみません、、服、、」
「気にするな」
兄とは違う大きく少しゴツゴツした手が頭をなでてくれる。安心したように微笑む東さんに、なんだかそわそわと心もとない気持ちになる。
「また城戸司令たちにも話を聞くといい。それ以外も、千棘を知ってるやつは喜んで話をしてくれるはずさ」
「はい、聞いてみます。」
「最初にも言ったが何か困った事があれば俺に頼ればいい。兄代わりとはいかないかもしれないが、弟子のように育ててきたんだ、遠慮するな」
「東さんは、兄代わりじゃないです、弟子になったつもりもありません」
「え」
「私は東さんだってお兄ちゃんだって超えるボーダー隊員になります。だから、兄代わりでも弟子でもないです。私にとってはただの先輩です」
「……ははは、頼もうしいな君は。」
苦笑いする東さんに、少し顔を近づけて視線をあわせる。
「余裕ぶってたら私に抜かされちゃいますよ、先輩」
にっこり笑えば驚いたように目を見開き固まる東さん。
手紙を渡してから読み始めた彼女は涙を流した。お兄ちゃんっと呟き、手紙を抱きしめる彼女。改めて千棘を守れなかった謝罪をすれば顔をあげた彼女と目があい、涙を流し続けたまま俺の胸に飛び込んできた。そのまま嗚咽を漏らす彼女を落ち着くまで抱きしめ、この子を守らなければと感じた感情ははたして親愛なのか、それとも別のものなのかはわからなかった。
しばらくして落ち着いたから涙はとまり、離れてしまう彼女に名残り惜しい気持ちになる。代わりに頭をなでてやる。
千里ちゃんの兄代わりとして弟子のようにも思ってるから頼れと言ったらすぐに否定の言葉が入り、さすがに俺でも傷つく。けど俺や千棘を超える存在となると宣言する彼女に頼もしくも感じるし寂しくも感じる。
すると急に彼女は顔を近づけて俺と視線を合わせると、この近距離で笑った。
「余裕ぶってたら私に抜かされちゃいますよ、先輩」
そう言ってから、ありがとうございますと頭を下げて立ち去る彼女に俺はしばらく固まったままだった。いや、自分でも自覚してるぐらい顔が熱い。あの子本来の笑顔にどうやら、俺は一目惚れしたようだった。この歳になって4つも下の女子高生、友人の忘れ形見。色々あるがまずは、
「彼女と別れないと可哀想だな、、」
今の彼女にお試しでいいからと付き合ったため、不誠実だ。どう別れを切り出すか考えた。