02

ハイラル王国。それは、長い歴史を持つ古の都。それも、神の聖なる三角――トライフォースの伝説が伝わるほどの。城下町の外れには、トライフォースの眠る神殿も存在する。
ハイラル王家は代々、トライフォースの力を管理し、封印してきた。悪用されぬようにするため。そして、世界の平和が脅かされたその時のために。
聖なる力は、今も時の神殿で永い眠りについている。
そして、神殿の目と鼻の先にあるハイラル城。そんな歴史ある王家の城に、メリーカ達は侵入を試みていた。


(私、どうしてこんなことしているのかしら……)


思わず溜め息もつきたくなるこの状況。月明かりに照らされたハイラル城は、昼間とは違った神秘的な雰囲気がある。
そう、今は夜。ハイラル城の中へたどり着くためには、見張りの兵士から見つかりにくい夜の方が良い。だから、日が暮れるまで町で適当に時間を潰していたのだ。
そして、一旦は自分の家に戻ったメリーカであったが、タイミングを見計らってこっそりと部屋から抜け出してきた。いなくなったことが知れればかなりマズイことになるのは目に見えている。だが、抜け出したことがバレたり騒ぎになることはないだろう、とメリーカは思っている。……そういう家だ。


「さ、行きましょ」


「行くって言ったってな……どこから城に入るつもりなんだ? しかもこんな夜中に」


「これが一番手っ取り早くゼルダ姫に会える方法なのよ」


リンクの言う通り、夜中に人気は皆無。こんな時間に行動しているのはメリーカ達くらいだろう。そう思っていた、矢先のことである。
ふと、微かな旋律がメリーカの耳をくすぐるように、僅かながら響いていることに気付いた。


「……ねぇ、何か聞こえない?」


「な、ナニかって?!」


大げさなほどにナビィが動揺を見せる。それには構わず、リンクも耳を澄ませて音を拾おうと辺りに注意を向ける。


「歌……? 女の子が歌ってるのか?」


「イヤーっ、何でこんなところで歌なんて歌ってるの?! 幽霊よ幽霊に決まってるヨ!」


妖精なのに幽霊が怖いのだろうか。


「ハイラル城に幽霊が出るなんて聞いたこともないわよ。誰かがここで歌ってるんでしょう。……理由は分からないけど」


リンクの頭の上でしきりに怯えるナビィを安心させるため、そして不安を立ちきるためにも少し呆れたような声でメリーカは断言する。幽霊なんているはずがない。
だよな、とリンクも頷いた。


「まぁ、幽霊って言っても魔物とそう変わらないだろ。いざとなったら倒して、……おい、あそこに誰かいないか?」


リンクの「幽霊を倒す」という大胆不敵な発言に少し面食らったものの、メリーカはリンクの指差す方向へ視線を向ける。
そこは――お城への道の、ちょうど曲がり角。城門から死角となっている壁際に、人影らしきものが確認出来る。影は小さく、子供のようだ。メリーカ達と同じくらいだろうか。
怖がりなナビィはリンクの帽子に潜り込んでしまった。ナビィを安心させるためにも、幽霊でないことを確認しなくては。それに、お城への侵入経路は、人影の後ろにあるのだ。
影に近付くにつれ、歌声は大きくなっていく。少女が歌っているのは間違いないようだ。


「……あのー、」


メリーカが声を掛けると歌声が止んだ。近寄ってみれば、髪の長い快活そうな女の子だと分かった。やはり、幽霊などではない。それどころか邪気のない笑顔で興味津々にメリーカ達を見つめている。


「……だれ? こんなところでこんな時間に何やってるの?」


「それを言うならあなたこそ……」


「あたし? あたしはマロン」


戸惑いを隠せないメリーカに、マロンと名乗る少女はにこやかに答えた。何でこんなところにいるのだろうか。リンクもメリーカと同じような反応で、どう答えたものか迷っているようだった。


「私はメリーカ、だけど……」


「俺はリンク」


「メリーカにリンクね。それと……もしかしてそこにいるのは妖精さん?」


幽霊ではないらしいと察したナビィがそろりと出てきた瞬間、マロンはナビィをすぐに見つけ出してしまった。驚いたナビィは慌てて再び引っ込む。


「てことはキミ、森の妖精クンね!」


リンクを見るマロンの目は好奇心にきらきらと輝いていた。対するリンクは押され気味だ。妖精ではないくて……と戸惑いがちに頬をかく。


「まぁ……確かに森から来たけどさ」


「やっぱり! マロンは牧場のコなのよ」


メリーカはマロンのセリフを聞いてパッと閃いたものがあった。牧場、といえば、ハイラル平原のど真ん中に佇むあの牧場に違いない。


「もしかしてロンロン牧場の……?」


「そう、ロンロン牧場はあたしのお家なの。戻りたいのはやまやまなんだけど、肝心のとーさんがまだお城から戻ってこなくて……きっとどこかで居眠りしてるんだわ。困ったオトナよね」


困ったとは言うものの、そんな言葉とは裏腹に、マロンはクスクスとおかしそうに笑う。そこは心配するところでは、と思わなくもなかったが、いつまでもこんなところで待ちぼうけも可哀想だ。


「ならさ、俺達がマロンの父さんを探して起こしてきてやるよ」


「本当に?! ありがとう妖精クン!」


「いや、俺は妖精じゃなくて……まぁいいや」


諦めたように肩を竦めるリンクだが、マロンは「森の妖精クン」というあだ名を改めるつもりはないようだ。


「お城の中で寝ている人を起こしてくれば良いのよね」


「ウン、仔ヒツジちゃんもありがとう!」


「ひ、ヒツジ?」


そんなこと言われたのは初めてだ。メリーカは思わず裏返った声でマロンにつけられたあだ名を繰り返す。しかし、我が身を思い返せば、ふわふわとしたクリーム色のクセ毛に金色の瞳という組み合わせがヒツジを連想させる、かもしれない。
メリーカがあだ名をつけられたのは実はこれが初めてだった。初めてのあだ名が「仔ヒツジちゃん」……喜ぶべきなのか怒るべきなのか。考え込むメリーカをよそにリンクは首を傾げる。


「ヒツジって何だ?」


「妖精クン、ヒツジ見たことないの? じゃあ今度ウチに来たら見せてあげるネ。約束よ!」


マロンはニコニコとヒツジのことについて話し出す。ナビィも気が付けばリンクの帽子から外へと出てきていた。……いつの間にか幽霊が出るとか出ないだとか、そんなことがどうでも良くなってしまっていた。
そんな、ほのぼのとした会話が繰り広げられていた、夜中のハイラル城前でのことである。
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