「花びら、髪についてる」
私が戯れに吐いた嘘を真に受け、彼はありもしない髪に付いた桜の花びらを相手にし始めた。その様を見て私はただ、あぁ、馬鹿だなぁと思った。
故郷でもよく「馬鹿だ」と言われてきたらしい彼は確かに馬鹿なのかもしれないが、頭が悪いとかそういった類ではない。いっそその、知性が足りないという意味の馬鹿であってほしいと思うくらい、彼の「馬鹿」は、
「取れたかな?」
どれだけ思考していても彼の声は一筋の光のように私に届き、現実へと引き戻す。
頭上の街灯は彼の顔に陰を落としたが、ターコイズによく似た瞳は相変わらず翳りを知らず、夜の紺色と混ざり合うことなく輝いていた。
私はどんな宝石よりも眩しい彼の目が、嫌いだ。
「取れてないよ」
私はまた一つ嘘を重ねる。彼は唸り声を上げ、どうしたものかと困惑する。そろそろ嘘だということに気が付いてほしいが、敢えて私からは言い出さない。理由なんて単純明快だ。
「目瞑って」
唐突だったからか彼には意図が汲み取れなかったらしいので、「取ってあげる」と一言付け足す。彼はぱっと笑った。
「すまない、助かるよ!どうも僕は要領が悪くてね」
それじゃあ、頼むよ。
そう言い彼は瞼を落とした。私を貫く光も、宝石も、彼の薄く白い皮膚の下に隠された。
ひどく安心したのは、遠慮を知らない彼が私の奥深くを覗き込む度に穢れた自分を見透かされそうで、私の汚い部分が彼を穢してしまいそうで、怖いから。
私が望んだのはただ、穢すことなく彼に触れることだった。
しかし現実は、見透かされる心配がなくなっても私は彼の頬に手を伸ばすだけで、触れることはできずにいる。あと少し、数センチ、手は動かない。ただ彼が生きていることを、ひしと感じるだけ。
「ひかり」
思わず手を引っ込める。
「もう取れたかい?」
「えっ、あ……うん、取れたよ」
「そうか!ありがとう」
ターコイズブルーの瞳が覗く。
私の心臓はドクンッと大きく跳ね、厳かとも感じられる空気に息が止まる。
「さぁ、帰ろう」
何事もないように彼は笑って私の前を歩く。
私の名前を呼ぶ声も、私を射抜く瞳も、あまりにも澄み渡っていて私の頭から離れていってくれない。彼の頬に触れようとした右手は、彼の気配を忘れようとしない。
私の心中なんて理解できていないはずだ。けれど私は、やはり彼の隣を歩く資格はないと痛感した。
やけに風が冷たい、四月のことだった。