Would you like a refill?

どうか、奇麗なままで。

「じっとしててくださいね」

 彼女は一言だけ言うと私の肌に触れた。ひんやりとした甘い匂いは彼女の手のひらの温度で温かくなり顔全体に浸透していく。
 何故、こんなことになったのだろうか。私のような醜い存在に触れては、貴方のことまで汚してしまうかもしれないのに。


 数十分は前のこと、水面を揺らすような声に呼び止められ、振り向くと彼女がいた。呼び止めたのは彼女のはずなのに、瞳には戸惑いが浮かんでいた。まるで、声を掛けるつもりはなかったのに、と言わんばかりに。
 沈黙が訪れる。逃げればよかったのに、私も彼女もそれをしないまま、お互いに言葉を待った。

「あの、」

 先に沈黙を破ったのは、彼女の方だった。先程とは打って変わって、か細く震えた声が私の鼓膜にこびり付く。

「メイク、させてください」

 断るために開いた口は、「はい」と答えていた。


 衣装室に併設されたドレッサーの椅子に大人しく腰掛け、彼女に身を任せる。目を閉じろ、と言われれば目を閉じ、少し上を向け、と言われれば従った。臆病な瞳の彼女に与えられる命令と呼ぶには余りにも弱い緩やかな束縛には、むしろ従う度に歓喜を覚えた。
 しかし彼女の眼を覗けばたちまち体の内側から湧き上がった恍惚は消え失せ、代わりに奥底から恐怖が顔を見せた。

「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか……」

 口の中がカラカラに乾き、冷や汗が背筋を伝う。

「何故、私なのでしょう」

 彼女の手が止まった。恐る恐る逸していた視線を彼女に向ける。見つめ合う形になっているはずなのに、彼女はどこか遠くを見ているのか視線はぶつからない。
 それなら、と彼女の顔をまじまじと眺める。真っ白な肌と黒く長い睫毛のコントラストがとても美しい。……触れたら、貴方は怒るだろうか。
 欲求に導かれるまま右手が疼く。

「初めて見たときから、綺麗な顔だと思っていたんです」

 指先がひくりと動いた。
 俯いて垂れ下がった淡い栗色の髪から化粧品とはまた違った甘い香りが漂う。
 逸らされた目は泣きそうに歪んでいた。

「……あ、」

 ひかりさん。
 名前を呼ぼうとして、彼女の視線に射止められる。
 言葉にされなくても苦しげな表情から察してしまう。

 ――呼ばないで。

 わかっている。私なんかに貴方の名を呼ぶ資格がないことくらい。
 それでも、切なげな表情すら愛おしく思ってしまう低劣な存在のことを、どうか赦さないでください。