夏の感触



容赦のない陽射しは沈み、少し暑さも和いだ夏の夕暮れ。
清々しい空気と共に響く祭りの音は、昼とをとりちがえたような賑わいを見せている。

そう、今日はずっと楽しみにしていた夏祭り。
一緒に着ていこうねと選んだ淡い空色の浴衣に身を包み、小野さんとの待ち合わせ場所へ向かうと、同じように浴衣を着た可愛い友人が待っていてくれた。



「あれ轟たちじゃない?」

夜の花火たのしみだね、なんて話しながら歩いて見えてきた、色々な屋台が軒を並べるお祭りの入口。
小野さんのその言葉に驚いて少し先に視線を向けると、確かにそこには出久くんと飯田くんと、そして轟くんがいた。

「え!!!ほんとだ!!!え!!どうしよう!!!?」

その姿を見るだけで、あの日溢れてきた気持ちが鮮明に蘇る。
彼への”好き”を自覚してから、まだそんなに時間は経っていなくて、それを飲み込む準備すら私はまだ出来ていなかった。

「無理!!!今轟くんとまともに話せる自信ない!!!」
「いやせっかく浴衣着てんのになにウジウジしてんの!!!チャンスでしょ!!!」

この気持ちを抱えて彼とどう話せばいいのか、今更ながら分からなくなってしまい、咄嗟に隠れようとしたけれど、私の気持ちを知る小野さんがそれを全力で阻止してくる。
結局その攻防戦は数秒で、私があっけなく負けてしまい、彼らの方へと引っ張って行かれた。



「小野さんやっぱり無理だよ…!」
「大丈夫!大丈夫!なんとかなるって。せっかく可愛くしてきたんだから!…………おーい!!!」

あと少しのところで勇気が出なくて、彼女の腕を引っ張ってそう言うけれど、やっぱり却下されてしまい、小野さんはよく通る声で轟くんたちに呼び掛ける。
すると3人は振り返り、驚いた表情で私達を見ていた。

「緑谷たちもお祭り来てたんだ!」
「小野さんに祐佳ちゃん…!ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ偶然だね!」
「小野くんに前田くんか!偶然だな!」
「3人もお祭り来てたんだね……!」

そんな会話を終えると、小野さんがさらっと
「こんな偶然ないし、せっかくだから一緒にお祭りまわらない?!」
なんて爆弾発言を投下するものだから、更に心拍数が上がっていく。

「うん!これもなにかの縁だしな!」「そっそそそそそうだね」
なんて話す飯田くんと出久くんの会話を聞きながら、どうしようどうしようと、地面と睨めっこしながらもじもじしとしていると、ちゃんとしなさいと言うように小野さんに背中を叩かれる。
もうなるようになる!と思い背筋をシャキッと伸ばして顔を上げると、彼の左右で色の違う瞳と視線がぶつかった。

「…大丈夫か?なんか顔赤いぞ。」
「前田くん大丈夫か?夕方とはいえ、まだ夏だからな!熱中症に気をつけたまえ!」
「あっ、うん?!ちょっと暑いだけだから!全然大丈夫!」

轟くんにそう言われて、飯田くんも心配してくれるものだから、余計に顔へ熱が集中していく。
こんな一言、こんな一瞬でも、いつもの自分が分からなくなってしまう。
先程の覚悟はどこへやら、小野さんの方へもう無理だよ…とヘルプの視線を向けると、うってかわって彼女の方は、良いこと思いついたと言わんばかりの楽しそうな表情をしていた。

………なんだか嫌な予感がする。



「じゃあさ、花火の時間も近いし、場所取りと買い出しに分かれようよ。 わたし買い出し行くから、祐佳ちゃん場所取り頼める?」
「うっうん…!大丈夫だよ。」
「じゃあお願いね。あ、でも祐佳ちゃん1人だと心配だから轟も一緒に行ってよ。」

なんだそんなことか…と思ったのもつかの間、小野さんによって2回目の爆弾投下。
もう今日何度訴えたか分からない視線を向けると、小声で「がんばれ!」と応援されて、頑張れないから助けて欲しいのに…!とちょっぴり泣きそうになった。

「ああ、分かった。」
「じゃあ2人ともよろしく!こっちで色々買っていくけど、食べたいのあったら連絡して!」

そう言って小野さんは、出久くんと飯田くんを引っ張ってそくさと行ってしまうものだからあっという間に、轟くんと2人きりになる。
きっと彼にとっては何ともないこの状況も、私にとっては溢れる祭りの喧噪ですら遠くなっていくように感じてしまう。

「前田、本当に大丈夫か?気分わりぃなら………」
「え、ほっ本当に大丈夫だよ?!!!
じゃあ、場所取りいこ……………わ!!!」

緊張で考え込む私を轟くんは体調が悪いと思ったのか、少し屈んで顔を覗き込んでくるものだから、その端正な顔がグッと近付く。
今日まだまともに目も合わせられていないのに突然縮った距離に驚き、慌てて距離を取って歩き出そうとしたその瞬間―――些細な段差に躓いて倒れかかる。

「あっぶねえ…………それ慣れてねえだろ、あんま急ぐと怪我するぞ。」
「わ!うっうん………!ごめんね、ありがとう!」

転ぶ…!と思ったその瞬間には轟くんに抱きとめられていて、ふわりと彼の香りがした。
肩を支えてくれた大きい手も、私より幾分もがっしりした体格も、いつもの彼なはずなのに、不慮の事故とはいえ好きな人とこんなに密着して、意識しないなど無理な話で、顔から火がでそうなくらい熱くなっていくのを感じる。

「場所取り行くか。少し高いとこのがよく見えんだろ。」
「うん、そうだね…!あの階段の先とかどうかな?」
「ああ、良いんじゃねえか。あそこにするか。」

まだ冷めない熱には気付かないふりをして、どうにか冷静を装って轟くんと話す。
そして本来の目的である花火の場所取りへ向かおうとしたけれど、珍しく彼の方が言葉を続けた。

「おまえ危なっかしいから、はぐれねえように俺の服でも掴んどけよ。」
「あ、うん………!」

轟くんはそう言って自分の服の裾を掴むように私の手を誘導してから、人混みの中を歩き出す。

彼に掴まれた手がどうしようもなく熱くて、前を歩く彼の背中が大きくて、その後ろを歩いている間、どうしたって私はこの人が好きなのだと実感せざるを得なかった。







「ここらへんでいいか。」
「うん、いいと思う!小野さんたちにもLINEしとこ。」
「ああ、頼む。」

屋台を抜けた先にある、少し高台になっているところに場所をとることにした。
そこは人数も少なくて、祭りの喧騒も遠くで響いているから、自分の鼓動が轟くんに聞こえてしまうんじゃないか、なんて考えてしまう。

「あれ?ていうかもうすぐ花火の時間だ…!小野さんたち気付いてないのかな!?轟くんも………」

そんな気持ちを誤魔化すようにスマホのロック画面に映る時計を見ると、あと数分で花火が始まる時間で驚く。
ゆっくり買い出ししすぎて私からの連絡に気付いてないのかもしれないと思い、轟くんからも出久くんと飯田くんに連絡してもらおうと顔を上げると、彼の瞳はじっとこちらを見詰めていてその視線とぶつかる。

顔に何かついているのかと思って「顔なんかついてる!?変かな!?!!」と焦りひっくり返った声で彼に聞くと、「いやそうじゃねえ」と否定するものだから、じゃあどうしてこんなに見詰められているの…!?と熱さで働かない頭で必死に考えようとした時、轟くんが言葉を続けた。

「今日いつもと雰囲気ちげえなとは思ったが、伝え忘れてた。浴衣、似合ってる。綺麗だな。」

轟くんから、目を離せなくなる。
この浴衣姿を1番見て欲しかった人から、1番欲しい言葉をもらった。
きっとそう純粋に思ってくれた彼の言葉は、この微妙な距離も揺れる気持ちも、全部溢れてしまえと振り切るには充分で。
気付いた時には、私の手を離れたその気持ちも衝動も、胸から溢れて言葉になってしまおうとしていた。

「轟くん、あのね、祐佳ね………!」




ドンッ



その言葉に重なるように、花火の音が響き渡る。
色鮮やかな光が夜空を照らして、辺りを明るくした。

その光に冷静を取り戻す。 この気持ちを伝えることで彼との関係が変わってしまうことがずっと怖かったのに、あの一瞬はそれに期待している自分が溢れて止まらなかった。

「わりぃ、花火の音に重なってよく聞こえなかった。もう1回言ってくれ。」

そう言って少し屈み耳を傾けてくれる彼に「みんな遅いねって言おうとしたんだけど始まっちゃったね」と誤魔化した言葉を伝える。
すると轟くんは「仕方ねえだろ。俺達だけでも一緒に見られてよかったんじゃねえか。」なんて言うものだから、再び胸がぎゅっと締め付けられて、溢れそうになる。


よく晴れた夜空を覆い尽くすように、再び巨大な菊型の花火が炸裂した。
手を伸ばせば届きそうなほどの近さなのに遠くに輝くそれは、まるで轟くんに対する私の恋心のようだった。





2021/08/22 スペシャルサンクスおのさん!いろいろ分かりにくいので、memoに解説いれてます。