あの子には内緒



湿度が纏わりつくような梅雨が明け、本格的に夏が到来する。寮のエントランスで焼くような熱気に包まれた外を見ながら、暑さに弱い彼女は大丈夫だろうかと思っていると、ふとスマホのロック画面が通知で光る。

『しょちゃん今から降りる!待っててね!』

それは祐佳からの連絡だった。
『分かった。気を付けて来いよ。』と返信を送って、自分の寮を出て普通科の寮へと向かう。すると少し先に小走りでこちらへと向かってくる祐佳の姿が見えた。

「祐佳」
「あ、焦ちゃん!」

そう言って駆け出す祐佳が転ばないか心配で、自分も小走りで彼女の元へ向かう。そして眉と目尻を下げた柔らかい表情でまた「焦ちゃん!」と呼んできて、それからいつものように俺の手を取り繋いでくる彼女は何度だって愛おしくて、夏の暑さなんてどうでもよくなった。


………が、俺はたった今見えた今日の彼女の服装について、些か確認したいことがある。


「なあ祐佳、今日の服……」
「え!焦ちゃんもしかして気付いてくれたの!?このお洋服ね、今日のしょーちゃんとのデートのために買った新しいのなんだよ!」

祐佳はそう言いながらワンピースの裾をヒラヒラと揺らし、褒めて褒めてと言わんばかりの表情をするものだから、つい頭を撫でて「ああ、似合ってる」と言ってしまう。
勿論そう思ったことは間違いなく本心だ、いざ褒められると嬉しそうに照れる姿も可愛い。


………が、今日の祐佳の服は首元から肩まで大きくあいていて、鎖骨や肩のラインまで見えている。夏とはいえ、その露出度の高さが俺は気になって仕方なかった。
正直自分も見てしまうからこそ、ここへ来るまでにも、もしかしたらクラスメイトの男達がジロジロと彼女のことを見ていたかもしれないと思うと、頭が熱くなりつい彼女と繋ぐ手に力が入ってしまう。

「焦ちゃんどうかした…?」
「…いや、大丈夫だ。なんでもねえ。」

祐佳はいつでも人の変化に敏感で、なんとなく今考えていたヤキモキとした気持ちを読まれたような気がしてつい否定してしまった。
これで完全に伝えるタイミングを失ってしまい、少し冷静になろうと考え、歩きながら右の個性を使って体温調節をする。
すると、なんとなく人の右側に立つ方が落ち着くと言って、いつも決まって俺の右側にいる祐佳が「あ、なんかちょっと涼しい!焦ちゃん個性つかったでしょ!」と手を繋いでいる右腕に更にくっついてきた。


その姿を見て、ふと思い付くある作戦。
新しい服だと嬉しそうにしていた祐佳にはわりいが、その服装はどうしたって心配しちまうから許してくれ、と心の中で彼女に謝った。







「なんか水族館寒いね。」

それから俺たちは駅へと行き、今日の目的である水族館へと向かった。
事前に用意していたチケットで入館し、入ってすぐの場所にあった水槽を見ていると、祐佳はそう言って寒そうに少し肩を上げて、俺の右腕にぴったりとくっついてくる。

「そんなに寒いか?」
「うん、結構寒い…」

個性を使ってその寒い状況を作ったのは俺だと言うのに、祐佳を心配する言葉を吐く自分は存外ずるいやつだなと思った。

「ほら、寒いならこれ着てろ。」
「わ!焦ちゃんありがとう…!」

感謝を伝えてくる彼女に少し罪悪感を覚えつつ、俺の着ていた上着を肩にかけると祐佳はそれに袖を通す。

そう、これが俺の目的であり思い付いた作戦だった。
態と寒くなるような状況を作り出して、上着を着せることで祐佳の肌を隠したかったのだ。
些か過保護すぎるかとも思ったが「焦ちゃんの良い匂いがする…!」と隣で嬉しそうに笑う姿はやっぱり隙だらけで、この表情が例え俺の前だけであろうとも心配でしかなかった。

「なあ祐佳、その………」
「どうしたの焦ちゃん?」
「いや………なんでもねえ。」

こんな作戦を思いつき実行しておきながら、自分がいない時に祐佳がこの服を着たらと考えると、やはりどうしても我慢ならず本当のことを話そうとするが、先程の嬉しそうに服の話をする表情を思い浮かべると、傷つけてしまうのではないかと中々言い出せない。
自分はこんなにも女々しかったかと思わず自嘲してしまう。

「焦ちゃん今日そればっかりだよ…!祐佳ちゃんと聞くから話していいよ」

そう言って祐佳は繋いでいる手を両手で包み込んできて、少し背伸びをして俺の頭を優しく撫でる。
そういう不安を全て消し去るような、彼女の柔らかい雰囲気が今はより一層たまらなく感じた。

「その………今日の祐佳の服、すげえ似合ってると思う。俺と出かける日の為に選んでくれたことも嬉しい。………でも、その、少し肩とか首元とかが出過ぎてて、心配になる。他の男が見てるかもしれねえとか、考えちまった。」

出来るだけ言葉を選んで伝えたつもりだが、祐佳はポカンと感情のよめない表情をしていて不安になる。
そして少しの間その表情をしていた彼女は、突然プッと吹き出し涙が滲むほど笑いだした。

「………なんで笑ってんだ。」
「いや、違くて、フフッ、焦ちゃん今日ずっと上の空だったから、水族館いきたくないのかなとか色々思ったんだけど、それを伝えたかったのね…!」

そう言いながら笑いすぎて滲んだ涙を指で拭い
「はあ、心配した…!」と言って、フーッと息を整えると改めて俺に向き直った。

「このお洋服ね、実は焦ちゃんがちょっとでもドキドキしてくれたらなって気持ちもあって買ったから、作戦大成功で嬉しいけど、焦ちゃんが心配になっちゃうならこれは焦ちゃんと会う時専用にするね!」

「ああ、そうしてほしい。正直、外に着ていくとなると気が気じゃねえから、2人"だけ"の時に着て俺にだけ見せてくれ。」

我ながら横暴でひどい独占欲と嫉妬だなとは思ったが、祐佳は「まあ元々焦ちゃんのために買ったお洋服だからね」とこんな我儘を甘やかしてくるから、俺のこういった感情はどんどん歯止めが利かなくなる。

恋愛なんて下らないとずっと思っていた俺が、初めて誰かを好きになり独り占めしたいと思ったのが祐佳で、初めはこの感情が何なのかすら分からなかったが、それが独占欲や嫉妬であることを理解してから、俺は彼女に対してどんどん我儘になっている気がした。

「でも祐佳も、焦ちゃんかっこいいから通りすがりにキャーキャーされてるの気付くと、祐佳の焦ちゃんだぞー!って、ヤキモキなっちゃうよ。」
「そう、なのか」

まるで焦ちゃんだけじゃないよと言っているような言葉に、やっぱり祐佳には俺の心の中が透けて見えてるんじゃないかと思う。
それほどに彼女は人の変化に敏感で、心の奥にある感情をいつも救いあげようとしてくるのだから、本当に敵わない。

「さ!焦ちゃん、早くペンギンゾーンいくよ!」

そう言って再び俺の手を取ったと思えば、
「あ、焦ちゃんが心配しちゃうから上着の前閉めとこ」と律儀にボタンを留め始めるから、そのコロコロ変わる言動の切り替えの早さが面白く、ついフフッと笑い声が出てしまった。

「ちょっとー!ワンピースの上にシャツ着てて、変な感じだけど笑わないでー!」

何を勘違いしたのかそう言いながら口を尖らせて怒っている祐佳が愛しくて、思わず唇を重ねたくなるがここは外だとグッと我慢する。
そして「さ!今度こそペンギンゾーンいくぞー!」と改めて俺の手を取り、引っ張っていくその後ろ姿を見て、ふと祐佳となら何度だってこの眩しい季節を重ねていきたいと思った。





高校3年くらいの、夏の思い出。そういえば夏のしょーゆちゃん始めて書いたことに気付いた。