▼ ▲ ▼

 この日、松田は物々しい美術館にいた。なんでもこの美術館にある宝物を頂戴すると怪盗キッドから予告状が来たらしい。正直、怪盗を捕まえるのは専門外なのだが、上からの命令では仕方ない。それに自由奔放な片桐の手綱を握れるのは松田くらいだろう。煙草を吸えないのは痛手だが、今回ばかりは我慢することにした。
「おや、あなたもいらっしゃったんですね」
 そう声をかけてきたのは喫茶ポアロの従業員である、安室透だった。
 こいつのこの笑顔、苦手だな。と内心苦笑いして「まあな」と答えた。
「あのバカがどっか行かねえように手綱握る役だよ」
「ああ片桐さんの…」
 名前を出さなくとも通じてしまうことについ笑みが漏れる。察しの良さは健在らしい。
 そんな中、ふと袖口を引っ張られた。下を向けば無邪気な笑顔を湛えた眼鏡の子供がいた。この子供はポアロによくいる子供だ。確か毛利小五郎宅に居候している小学一年生と記憶している。
「松田刑事、安室さんと知り合いなの?」
「あ?」
 思わぬ質問に松田は不可解そうに片眉を上げた。
「だって安室さん、松田刑事がポアロに来た時いっつも松田刑事のこと見てるし、今だって親しそうに話しかけたでしょ?だから知り合いなのかなーって」
 ふっと、隣の男の纏う空気が冷たくなった。(あヤベ)松田は安室が口を開く前に質問に答えることにした。
「昔の知り合いだ。こいつは探偵だし事件絡みでちょっとあったんだ」
 半分真実を絡めて、嘘を吐く。眼鏡の少年はふーん、とあまり納得いっていないようだったが、それ以上の追及はなかった。密かに安堵するが隣の男の笑顔の下にある苛立ちに気づき、松田はやれやれと溜息をつきたくなった。
「ほほう、確かにキミたちは馬が合いそうだよねえ」
「うおっ!?」
 背後からぬっと現れた片桐に驚きを隠せない。お前は忍者かとつっこみたくなった。
「な、なんだよいきなり」
「ふと思っただけさ。ところで、知り合いなら何故ポアロで声をかけなかったんだい?キミが安室クンに対し迷わず返答したところを見る限り、キミも安室クンのことを知っていたのだろう?」
「………顔だけ見覚えがあっただけで、本人かどうか分からなかっただけだ。それに俺はあそこでサボってるお前を早く連れ帰らなきゃいけなかったしな」
 懐にある煙草を取ろうとしたが、ここが美術館であることを思い出して大人しく手を降ろした。「そうかい。まあどうでも良いが」興味があるのかないのか分からない片桐の微笑に息を詰めながら、松田は冷静をなんとか装った。
 横にちらと視線を傾ければ片桐と同じくらい読めない微笑を湛える男がいて、松田は今度こそ溜息をついた。