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「おい萩原!片桐見なかったか!?」
「…まァーた逃げたかぁ」
 某日、警視庁所属の松田は突如行方知れずとなった階級上上司である片桐夕を探していた。これはいつものことなので片桐の身を案じたりはしない。松田の心中にあるのは、必要以上の仕事をしたくないという思いだけだ。上司相手に酷い認識だが、彼女自身そういった階級区別(または差別)を嫌うタイプなので松田は彼女とは対等に接している。
「あのボケどこ行きやがった!!」
 あの人を小馬鹿にする憎たらしい笑みを思い浮かべ、松田は苛立たしげに煙草に火を点けた。
「ちょっと何?うるさいんだけど」
 松田以上に不機嫌そうな声を出したのは、捜査一課のアイドル的存在である佐藤美和子だ。その手にはコンビニの袋がかかっている。今日は彼氏と煙草臭い職場でランチらしい。
「片桐見なかったか」
「夕さんならコンビニ行く時に見かけたわよ」
「なに!?」
 「何でそれを早く言わねえ!?」「知らないわよ!!」軽口を背中で聞き受け、松田は大股でロビーに向かう。目指すは軽快なテンポで己から逃げてゆくあの小柄な背中だ。


 その背はすぐに見つかった。
「片桐っ!!!」
「おやおや松田クンじゃないか」
 ハハハと愉快げに笑う片桐に、松田のこめかみに青筋が立った。
「どうしたんだいそんなに怖い顔をして。もしや想いを寄せていた女性に振られでもしたのかい?可哀想に。だが君の慰め役に私は適役ではないよ。それは萩原クンに頼みたまえ」
「あたりめーだ!つかそもそも振られてねーし告りなんかしてねーよ!」
「なんだ、じゃあ何だい」
 やれやれとばかりに肩を竦める片桐。ぶちり、松田の中で何かが千切れる。
「お前が書類ほっぽりだして逃げたから追ってきたんだよ!!!!」
 それは、周囲の目を引くのに充分な声量だった。片桐もうるさいなぁだなんて呟いて耳をふさいでいる。とはいえ笑顔なのは変わらない。
「やれやれ…少しの休憩でこうも追ってくるなんて、キミは束縛系彼氏かい。あまりしつこいと意中の相手に嫌われるよ?」
「二時間休憩できる会社なんて早々ねーっつうの!それに俺に意中の相手なんかいねーよ!」
「キミは声を荒らげないと会話ができないのかい?」
 普通の声量で充分意思疎通が可能だよ、などど至極当然のことを述べる片桐にまたもや怒鳴りそうになったが、多少冷静になった頭が声を抑え込んだ。
「…とにかく戻るぞ。この間の報告書、お前の印鑑がないと上げられないんだ」
「その前に松田クン、私はケーキが食べたい」
 コンビニを指差す片桐に、松田は大きな溜息をついた。なんだかんだでケーキを購入することを許して庁に戻った。結局片桐にはどこかで甘いなと己を叱咤し、松田は自席へつく。
 片桐がまたもや部屋から姿を消したのに気づいたのは、それから数分後のことであった。