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 松田は片桐に連れられて外に出ていた。仕事は一段落ついている。問題ない。
 暫く歩くと潮の匂いが漂ってきた。そういえばこの先には海があったな、だなんてぼんやり考える。
「それで?」
 松田の一歩先を歩く片桐。華奢な背中からは何も窺えない。
「どうして“sis”を知ったんだ?」
 今日は平日だというのに人は疎らだ。港に船は停泊していない。出ているのだろう。成程ここは秘密の話をするのに丁度良い。
「最初は全然気づかなかったぜ」
 そう、本当に、彼女はただ単に寺尾にスカウトされて警察に入ったのだとばかり思っていた。
「きっかけはたった一言、沖矢って大学院生のセリフだ。お前がsisって呼ばれたところを見たことがあるって」
「へえ、彼が」
 言葉ほど驚いたような声音ではなかった。薄々勘づいていたということか。「それで、そんなわけねえとは思いつつお前の経歴を調べたら…」ぐっと、唇を噛む。松田に代わり片桐が言葉を継いだ。
「偽造されていたと?」
「……あんな経歴、俺たちのところには下りてきてない」
「だろうね」
 当然とばかりに同意する片桐。予想はしていたが、ここまであっさり認められるとは。松田は言い知れぬ不安を感じた。
「お前が行った国について調べた」
 彼女が訪れた時期、地域、当時の情勢。調べてみれば、何かしらのテロや突然起こった施設爆発など、奇妙な事件ばかりが多発していた。これはつまり、SIS――MI6の連絡課に所属する片桐がその事件の調査の為に派遣されたことを意味する。これならば彼女が語学が堪能で渡航歴が多いことも頷ける。そしてそれを、隠していたことも。
「お前の渡航歴、語学の堪能さ、知識、経歴詐称、上との繋がり……何かありますって言ってるもんだぜ」
「中々詳しく調べてるじゃないか」
 本当に感心しているようで、片桐は驚いていた。「で、お前が日本警察に所属した理由だが」松田は続ける。
「公安が追ってる組織が日本にいるんだろ?」
 同期の降谷零が、身元を完全に隠して潜入しているその組織を、片桐も追っている。松田はそう踏んでいた。
「素晴らしい!」
 ぱらぱらぱら。突然の疎らな拍手。いきなりのことに松田は声を失った。
「良いね、実に良いよ。普通の人間ならそこまで調べない。流石は松田クンだ」
 「やはり」彼女の黒髪が揺れる。

「もっと早くに始末しておくべきだった」

 片桐はいつもと変わらない笑顔を浮かべて、松田に銃口を向けた。