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「最後に教えてあげよう。キミの敗因は…そうだな、私を信用しすぎたという点かな」
 まるでクイズの解説をするかのように片桐は言う。そんな簡単に、信用したことを責められた。
「信用、するに決まってんだろ」
「…?」
「仲間なんだから」
 無音。片桐は押し黙った。「信用するし、信頼する。俺と萩原を助けた奴を、信じないわけがない」尚も続ければ、彼女の眉根が寄った。それ以上言うなと暗に告げているみたいだった。
「片桐、お前は確かに俺たちに嘘を吐いていた……でも、それだけじゃなかった筈だ」
 夜遅くまで一緒に仕事をした時も、身を挺して守ってくれた時も、鳥の話をした時も。
「すべてが嘘だったわけじゃないだろ。俺がお前の手当てをした時、お前、本気で驚いてたじゃねえか」
「!」
 キッドの銃口や傷の手当て。松田が片桐の為に何かしようとした時には彼女は必ず狼狽した。誰にも気づかれない程度に、心を揺らしていた。仕事で遅くなった時だって、送っていくと言えば本心から喜んでいた。あの笑顔が嘘だとは到底思えない。

『まったく…――やりづらいな』

 あれは心の底から言ったことだったのだ。彼女は揺らいでいた。自分たちに嘘を吐くことに対し、心苦しさを感じていたのだ。
「銃を下ろせ、片桐」
 ゆっくりと、近づく。距離は然程空いていない。片桐は引き金を引かなかった。彼女の目の前まで行けば銃口が鳩尾の辺りに当たった。それでも、彼女は撃たなかった。
「…帰ろうぜ」
 片桐は何も言わなかった。ただひたすらこちらの行動に驚き、言葉を失っているようであった。一緒に帰ろうだなんて言われるとは思わなかったのだろう。彼女は案外ネガティブだ。
 すると、不意のことだった。それまで黙っていた片桐が視線を下に向ければ、どういうわけか彼女は瞠目した。
「――ッ!!!」
 ドン!と強い衝撃。突然の体当たりに松田の体はぐらりと揺れた。瞬間、ぱぁんと何かが破裂したような音が響く。銃声だった。認識した時には松田の頬に血が付着していた。
 片桐の血だった。
「なっ…」
「、く…ッ」
 片桐は銃口をある一点に向け、引き金を引いた。ぎゃっという男の短い声がした。その後すぐに足音が遠のいたから、犯人は多分死んでいない。だが今はそんなことどうでもよかった。
「しっかりしろ片桐!!」
 慌てて抱き留めれば大量の血で手が赤く濡れた。
「くそっ…何でこんな…!!」
「…こ…される、ほど…恨まれて…ん、だよ……円卓の、騎士に……」
「喋んな馬鹿!」
 早く助けを呼ばねばならない。この時松田の頭に思い浮かんだのは救急車ではなかった。電話に出てくれるかどうか分からない。だが今は、それに縋るしかなかった。
「嗚呼」
 片桐は吐血する。それに混じって、言葉が落ちてきた。
「きみってほんと、ばかだね」
 薄氷の瞳が、きゅっと笑った。今まで見てきた中で一番の本物の笑顔だった。ぎりり、松田は唇を噛む。
「ああ、馬鹿でもなんでも良いから、頼む…死なないでくれ」
「…わたし、に…そ、いうの、…ふ、た……」
 腕にかかる重み。片桐は意識を失った。松田は慌てて携帯電話をコールする。(頼むから出てくれ…!)神に祈るような気分だった。
 スリーコールのあと、がちゃりという音がして通話状態になった。電話越しの相手は戸惑った声でどうしたと訊いてきた。
「頼む…」
 お前しか、頼れるやつはいないんだ。

「片桐を助けてくれ…降谷!」