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「夕さん大丈夫ですか?犯人に撃たれたんですよね?」
「問題ないよ。すぐに手術を受けたからね。ほらこの通りさ。あ、そういえば円卓の騎士、見つかったそうだね」
「ええ。死体でですが…手と眉間に一発ずつ、銃創がありました」
 数日後、佐藤と片桐が庁内で和やかに会話をしている姿を目撃した(内容は年頃の女性のものではないが)。この光景がもう一度見られて心底良かったと思った。松田はまだ長い煙草の火を消して、彼女に近づいた。
「片桐、あんまり無理してんじゃねえぞ。今日の仕事終わったんなら帰るぞ」
「ハーイ」
 片桐は素直に頷くと荷物を取りに部屋に戻った。華奢な背中に走るなよと声をかける。傷口が開いては元も子もない。「…ふーん?」ふと、背後から視線を感じた。佐藤のものである。
「何だよ」
「なんか夕さんに妙に優しくない?」
「別に…普通だ」
「普通ねえ?」
 ニヤニヤと効果音がつくほど口角を上げてこちらを見てくる佐藤。少しの煩わしさを感じながらも、松田は別段不快に思わなかった。
「そういえば高木がお前のこと探してたぞ」
「あらそうなの。それ先言ってよ」
 そう言うと佐藤はあっという間に去って行った。すれ違いで片桐がやって来る。
「お待たせー」
「じゃあ帰るか」



 同じマンションに帰るなんて、なんだか不思議だ。松田は夢心地な気分になりながら鍵を開けた。
「たっだいまー」
「おうおかえり」
「……」
「…、ただいま」
「うむ、おかえりー」
 このやり取りはまだ少し気恥ずかしい。当初、同居にものすごく反対していた筈の片桐のほうが何故か順応が早かった。まだこちらはぎこちないというのに。少し複雑である。
「体は大丈夫か?」
「問題ないよ。松田クンは心配性だねえ」
 片桐は笑うと、さっさと部屋着に着替えた(勿論見ていない)。まさか彼女の部屋着を見られることになるとは思いもしなかった。ニヤける口角を隠し切れない。するとなに笑ってるんだいと片桐に訝しがられた。
「今日は良い天気だねえ」
 キャミソールのまま出て寒くないのか。松田の心配を他所に片桐は月が出ている夜空を眺めにベランダに出た。どうやらあまり寒くないらしい。松田もワイシャツ一枚で片桐と並んだ。
 ぬるい風が彼女の黒髪を浚う。ふわりと漂う彼女の香りは、自分の苦いそれとは違って甘かった。
「夕」
 呼ばれ、こちらに顔を向ける片桐。薄氷の瞳は月の色で濡れていた。月光に当たる白い頬に指先を滑らせれば、くすぐったいのか片桐は目を細めた。それに微笑めば、彼女の薄桃色の唇が薄っすら開いていることに気づいた。親指の腹で触れてみれば柔らかな感触が伝わる。背中に甘い電流が流れた気がした。「―――夕」松田の癖毛と片桐の真っ直ぐな髪が触れ合う。鼻先も、もうくっつく寸前だ。体温が間近に感じられた。ほぼゼロ距離で視線が交錯する。
 片桐は、目を閉じた。