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「いまだ逃亡中らしいな」
 何の感情も悟らせない平坦な声に、降谷は苛立った。
 某日某所、降谷零は仕事上避けては通れない人物と対面した。彼は降谷の大事な幼馴染を死に追いやった人物であり、また大事な同期の心に深い傷を残した人物でもある。
「よくもそんな平然と言えたものだな」
「…」
「組織と関係ない人間をそそのかして罪悪感が芽生えないのか」
「君も俺もそんなものとは縁遠いだろう」
 確かに、と思ったが声には出さないでおく。
「生きていると思うか、彼女は」
 問うてみるが赤井は答えなかった。その意味を、降谷は理解している。降谷もまた同じ考えだったからだ。(こいつと同意見なのは癪に障るが…)そういう推理に行き着くのは組織に染まったことがあるが故か。
「…君の友人には悪いことをしたと思っている」
「何を白々しく…!!」
「まさかあそこまで調べられるとは思っていなかったんだ」
 その点に関しても同感だった。
「…あいつは優秀だからな」
「流石、君の友人だ」
 そこからまた、少しの沈黙。「こちら側に引き入れられたらと、思っていた」やがて赤井が呟く。
「彼女は実に組織らしからぬ人間だったから、いずれは仲間にと…思っていたんだがな」
「組織の顔の時の彼女と会ったことがあるのか」
「いや、ない。だが…“彼”を調べるにあたって自然と彼女のことが出てきたんでな、調査してみた。君もいずれ分かるだろう。彼が、彼女に対してどれほど信頼を置いていたことを」
 彼――という代名詞に降谷は眉を顰めたが赤井はそれに固有名詞を付けなかった。
「君の友人はもう大丈夫なのか」
「本気でそう思ってるなら、お前には感情というものがないんだと僕は判断する」
「…、そうか」
 すると彼は踵を返す。「こちらでも彼女の行方を当たってみよう。せめてもの罪滅ぼし、というやつだ」降谷の返答は不要だったようで、彼は車に乗り込むとそのまま去って行った。
 何が罪滅ぼしだ――降谷は歯噛みする。よりにもよって彼女を一番信頼していたあいつに破滅の引き金を引かせておいて、よくもそんなことが言えるものだ。
 小さくなってゆく赤を暫く睨みつけていたが、降谷は気を取り直して自分の車に乗った。エンジンをかけながら電話を操作する。「…風見、彼女の行方は?」FBIだけじゃない、公安もまた、彼女のその後を気にしていた。しかし大体は空振り。彼女は――片桐夕は、忽然と姿を消したのだ。最後に一言「お別れだ」と松田に言い残して。
 なんて残酷なことを告げるんだ。
「…公安から逃げられると思うなよ」
 あのふざけた笑みを湛える片桐と、それを追う同期の姿を脳裏に刻み、降谷はアクセルを踏んだ。