花菖蒲が咲いている土手を歩いていた。最近は寒すぎず暑すぎない気候なので気持ち良く散歩することができる。ここはよく他の猫がやって来る。我輩はそんな奴らの話をたまに聞いてやる。吾輩は優しいからな。
して、今日もいつも通り歩いていると黒斑の猫が我輩を見つけるなりこちらに向かって走って来た。
「名前さん名前さん、知ってやすかい?」
「何じゃ」
 此奴は吾輩と違い野良だ。だから世間の動きに聡いのである。
「なんでもバクフって奴がここいらを襲撃する計画を立ててるとかなんとか…」
「!」
「そういやソンノウとかいうのを捕らえるとも言ってやしたね。名前さんのご主人、ソンノウとかじゃなかったですかい?」
「…フン、我輩のご主人はそんな奴らに屈する奴ではない」
「ま、そうだと信じたいですが…気をつけてくださいね。奴ら、猫でも容赦しねーんですから」
 そう、幕府は猫にも容赦ない。いつだったかここに通っていた猫の主人が幕府に捕らえられた時があった。その際幕府の人間に刃向かった猫は、主人の目の前で斬り殺されてしまったのだ。
 「ああ嫌なこと思い出しちまった…名前さん、おいらはこのへんで失礼しやす」黒斑は身震いを一つすると軽やかな動きで吾輩を通り過ぎた。
 ――吾輩はそんな情けない終わり方などしない。そんな場合に陥った時、もっと上手くご主人を助けてやれるわい。黒斑も本気で吾輩が愚かな人間などに殺られるなどと思っているのか。
「…?名前じゃねーか」
 黒斑が行ってしまった方を睨みつけていると、背後から声をかけられた。晋助の声である。
 今は機嫌が悪い。餓鬼の相手などしておれんわ。
「おいどこに行くんだ」
 煩いわ、放っておけ。
 呼びかけにも無視して行く吾輩に諦めたのか、晋助はその場に突っ立っていたままだった。ただ、その揺れた瞳が吾輩を映していた。
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