向日葵の写真が投函された日の、翌日の夕方のことだった。幸運にも早くに退社することができた名前は帰路の途中、遠くでサイレンが鳴り響いていることに気がついた。
「うちの方向だ…」
 言い知れぬ不安に襲われ、自然と足が速くなる。
 やがて自宅が見えてきた。小さな人だかりができている。その中には、白い車体。想像していた赤ではなくて安心したが、それでも普段間近で見ることなど少ない救急車に、名前もつい野次馬根性が顔を出す。
「どうしたんですか?」
 顔見知りの住民がいたので話しかける。彼女は聞いて聞いてと興奮しながら口を開いた。
「実はね、あなたの隣に住んでた方、通り魔にあったらしいのよ」
「えっ」
「しかもこのマンションの下で!エントランスを出てすぐに遭ったらしいの」
 怖いわねえ、と口に手を添える彼女を呆然と見ながら、名前はその被害に遭った住民と昨日ぶつかったことを思い出した。その時はきちんと顔を見てはいなかったものの、すれ違う際に会釈くらいはする仲だったので他人事ではない。身近な人間がそんな被害に遭うなど考えもしなかった。
「あなたも気をつけなさいよ?帰り、遅いみたいだし」
「は、はい…」
 ぶるりと身震いをしてマンションの入り口へ向かう。折角早く帰ったのに嫌な思いをしてしまったとげんなりしながらポストを確認すると、
「え…また?」
 花の写真が入っていた。前回の黄色の向日葵とは違い、今回は紫がかった青の花。多分、菊だろうか。
「なに?なんなの…?」
 まさかストーカー?しかし花の写真を投函するだけのストーカーだなんて聞いたことがない。それもポラロイドの。
 一体何が目的なんだと、暫くポストの前でその写真と睨めっこをしていたものの、ハッとして周囲を見回す。こんなところでしかめ面を目撃されるわけにはいかない。名前は写真を新聞の間に挟んでその場を後にした。
 今日は就寝前に、念入りに戸締まりを確認しよう。通り魔の話がどうにも他人事だとは思えなかったので、名前は不安に胸を鳴らした。
- back -