実をいうと今日が、この関係が親友から恋人へ昇格して初のお泊りであった。あの騒動ののち、人前で多少のスキンシップを取ったり、キスというものをするようになった辺りから"これが親友と恋人の違いか"と理解するようになった。
 だから、今日のお泊りは非常に緊張していた。
「今回はどのくらいいるんだ?」
「二日くらい」
「そうか…短いな」
 次は私がそっちに行こう、と述べてから軽いキスを落とされる。こういうことはまだ慣れない。唇を奪われてから名前が赤面するまでがルーティンとなってしまうくらいだ。どうせ情けないくらい赤くなっているのだろう頬を見てギーマが笑う。
「さあ行こうか。時間が迫ってる」
 そうしてさも当然のように手を繋ぐのだから、またもや無駄に赤面してしまった。
 昼間はエキシビションマッチがあったのでそれを観覧し、夜はディナーを楽しんだ。彼の家に帰ってから少し晩酌してシャワーを浴びる。ここまでは至って普通の行動だが、名前は一つの可能性を考えて心臓を暴れさせていた。
 (フツーの恋人同士って、やっぱり…す、するのかな)
 いまだ未経験の領域に踏み込む時の恐ろしさを、彼は理解してくれるだろうか。
 悶々としたままシャワーを終え、次に上がってくるギーマを待つ。落ち着かない心を感じ取ったのかレパルダスが何やら物言いたげにこちらに近づいてきた。
「ど、どしたの」
「……」
 ぽん、と太腿に置かれた肉球。その意図を考える間もなくあっさりそれが退けられ、そのまま彼女は出て行ってしまった。
「…なに!?エールなの!?頑張れってことなの!?」
「どうしたそんなに慌てて」
「へあっ!」
 いつの間に背後にいたのかギーマが不思議そうな顔をして佇んでいた。寝間着姿を見るのは流石に初めてなため、思わず見つめてしまう。
「これから嫌ってほど見るんだ。そんなに珍しがることもない」
 あっさり心中を見抜かれ、何となく悔しくなる。「そんなことより」ついさっきの健全な会話など嘘だったように色目のある視線で舐められ、途端に背筋が伸びた。
「っん」
「さっきやりそびれたから」
 不意打ちでキスはやめろとあれ程言っているのに彼は素知らぬ顔だ。しかも段々しつこさが出てきている。こんなねちっこい経験など名前にはない。きっとそれを分かった上で嬲っている。なんて性格が悪いんだと、翻弄されながらも悪態をついた。
 そんな折、背中に少しもぞもぞとした感触が生まれた。
「んぅ、なんかくすぐったい」
「ふ……なあ、これからは寝る前に下着なんて着けなくていい」
「え?」
「どうせ外すから」
 ぱちん、と胸にかかっていた圧力が消える。そこで名前は漸くまともにギーマと目を合わせた。
 どろりとした熱量に溢れた、捕食者のような瞳に囚われる。その輝きは大博打を打つ時のそれに、少し似ていた。
「良いかい」
 拒否権のない問いだった。
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