硬質的物体が傍にあるからといって、機械特有の激しい動力音が聞こえるわけではない。
「目の下にクマができているぞ」
 静かな空間でぽつりと落とされた、男の平坦な声。だけどそれはどことなくいびつで、肉声とは程遠い。「クマは元々あったが、最近は特に酷いな。消えなくなるぞ」心配しているのかしていないのか判別しづらい声音で彼は言う。
「………何で駆動騎士さんがここにいるんですか?」
 辟易とした感情が乗りすぎただろうか。一瞬ひやりとしたが、彼は特に反応することなく「任務の報告に来たのだ。もう終わったがな」と返答した。
「そうなんですね。わたしはまだ仕事中です」
「だろうな」
 大きな一つ目でまじまじと名前を見つめる駆動騎士。一体何の用なんだと鬱陶しげに彼を見つめ返すが、そこには無機的な冷たい人工物かおがあるだけで答えはない。彼が何を考えているのか分からない時、名前は決まって“やっぱりヒーロー協会なんかに勤めるんじゃなかったな”と思ってしまう。否、彼がいなくたって、何でこんなところに就職してしまったんだと毎日自己嫌悪に陥る。
 本当に、向いていない。
「手が止まっているぞ」
 指摘され、ぼんやりしていることに気づく。こういう卑屈なところが駄目なのだ。溜息をこぼし、目を伏せる。瞬間、ぐらりと身体と視界が揺らいだ。
 駆動騎士が名前を抱き上げて膝の上に座らせたのだ。あまりにも突然のことに抵抗も忘れて名前はされるがまま座った。何の身構えもなかったため、座らされた勢いで彼の上半身に上体を預ける。何がどうなってこうなったのかなんて、思考もままならない。
 頭の中はハテナでいっぱいだ。
 漸く現状を理解し始めた時、名前は最初にこう思った。
 ―――結構、ぬくいな。
 鋼の身体サイボーグなのに温度がある。このぬくもりはどこから来ているのだろう。機械仕掛けの温かさが、自分の体に移る。
 とろんと、目蓋が重くなる。
「ちょっと、やめてくださいよ…仕事中って言ったじゃないですか…」
「ああ」
 相槌を打つだけで彼は動かない。
 無機質で硬くて冷たい印象。そのくせ心地よい温度がある。湯たんぽかこの人はと内心ごちて、名前は目を瞑った。
 ―――いやいや駄目だ。
 ―――まだ日中。というか仕事中…。
 起き上がらないといけないのに、目蓋が開かない。駆動騎士にぐったりと寄りかかってしまう。それを彼は止めようとしないのだからわけが分からない。寄りかかられて面倒だろうに。
 これだけ近づいても動力音はない。ただの温もりだけが名前を満たす。
 ―――このひとって生きてんのかな。
 ―――それとも本当にただのモノなのかな。
 こんなことを訊いたら傷つくだろうか。表情が無機な彼でも傷ついた時は生きた顔を見せるのだろうか。目を閉じたまま、彼の首元に頬を寄せる。脈拍は聞こえてこなかった。
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