あなたの姿
手には、モップ。名前は仕事中に床を拭いていた。モップは動かす度に液体を吸ってべたべたと重い音を響かせる。名前の気も重くなる。無機質な灰色の空間を一瞥し、溜息をつく。周りに誰もいないことが救いだ。
床に散らばった液体は同僚が溢したミルクティーである。偶然彼が溢して名前が掃除を請け負った―――というわけではない。彼はわざと名前の目の前でカップを傾けた。
『掃除しとけよノロマ』
彼は優秀な人間だ。学校でも成績は常に上位だったらしいし、家柄も申し分なく、人に的確な指示が出せて人望がある。彼だけでなくヒーロー協会に勤める人間の殆どがそうだ。ここには陽の光を浴びるべき人間しか集まらない。
親の情けで就職させてもらった名前とは、違う。
水分を吸って重くなったモップで、同じところを拭き続ける。無駄に。無意味に。何の意義もなく。
「何をしている」
そしてこういう時に限って彼は名前の元へ来るのだ。
「…駆動騎士さん…」
「床掃除はお前の仕事ではないだろう」
駆動騎士は相変わらず表情の読めない鋼の顔で名前を見つめ続ける。
「ええ、まあ…」
「液体はミルクティーか」
床にまだ溢れている液体物をスキャンした駆動騎士。
「大方、誰かがこぼしたものをお前が代わりに拭いているのだろう」
ただの無感動な音の羅列の筈なのに、その言葉には呆れが乗っているように聞こえる。
ギリ、と奥歯を噛む。
「何故そんなことをするんだ。こぼした奴に拭かせればいい」
「……」
「仕方のない奴だ。そこを退け、蒸発させて…」
「大丈夫ですからっ!!」
名前の大きな声が廊下に響く。
「自分で拭けるからっ…駆動騎士さんは気にしないでください!!」
無駄な意地だ。素直に掃除を強要されていると言えばいいのに。下らないいじめを受けていると思われたくない。周囲の人間に軽んじられていると気付かれたくない。
正義の味方 に対して、そんな感情を抱いてしまう。
惨めだ。
沈黙が流れる。
怒鳴ってから口を閉ざした名前を暫く見つめていた駆動騎士は、やがて踵を返した。
「分かった。ではお前の部屋で待っている」
なんの感情も乗っていない声だった。呆れているのか、哀れんでいるのか、怒っているのか、まったく分からない。
「冷蔵庫にケーキを入れている。早く済ませて来るんだ」
そう言い残して彼はその場を離れた。名前は彼の冷たい背中を眺める。何の疑いのない背中だった。 - back -
床に散らばった液体は同僚が溢したミルクティーである。偶然彼が溢して名前が掃除を請け負った―――というわけではない。彼はわざと名前の目の前でカップを傾けた。
『掃除しとけよノロマ』
彼は優秀な人間だ。学校でも成績は常に上位だったらしいし、家柄も申し分なく、人に的確な指示が出せて人望がある。彼だけでなくヒーロー協会に勤める人間の殆どがそうだ。ここには陽の光を浴びるべき人間しか集まらない。
親の情けで就職させてもらった名前とは、違う。
水分を吸って重くなったモップで、同じところを拭き続ける。無駄に。無意味に。何の意義もなく。
「何をしている」
そしてこういう時に限って彼は名前の元へ来るのだ。
「…駆動騎士さん…」
「床掃除はお前の仕事ではないだろう」
駆動騎士は相変わらず表情の読めない鋼の顔で名前を見つめ続ける。
「ええ、まあ…」
「液体はミルクティーか」
床にまだ溢れている液体物をスキャンした駆動騎士。
「大方、誰かがこぼしたものをお前が代わりに拭いているのだろう」
ただの無感動な音の羅列の筈なのに、その言葉には呆れが乗っているように聞こえる。
ギリ、と奥歯を噛む。
「何故そんなことをするんだ。こぼした奴に拭かせればいい」
「……」
「仕方のない奴だ。そこを退け、蒸発させて…」
「大丈夫ですからっ!!」
名前の大きな声が廊下に響く。
「自分で拭けるからっ…駆動騎士さんは気にしないでください!!」
無駄な意地だ。素直に掃除を強要されていると言えばいいのに。下らないいじめを受けていると思われたくない。周囲の人間に軽んじられていると気付かれたくない。
惨めだ。
沈黙が流れる。
怒鳴ってから口を閉ざした名前を暫く見つめていた駆動騎士は、やがて踵を返した。
「分かった。ではお前の部屋で待っている」
なんの感情も乗っていない声だった。呆れているのか、哀れんでいるのか、怒っているのか、まったく分からない。
「冷蔵庫にケーキを入れている。早く済ませて来るんだ」
そう言い残して彼はその場を離れた。名前は彼の冷たい背中を眺める。何の疑いのない背中だった。