ゴーストつかいがやってきた!

 ポケモンという種族を見なくなって、どのくらいが経過しただろう。いや、自分の手持ちポケモンは存在しているのでポケモン自体は見る。が、それ以外はまったく見なくなった。というのも、どうにもこの世界にポケモンという生き物は存在しないらしい。
 そんな変な世界に身を置いている名前は、相棒のゲンガーと共になんとかひっそり暮らしていた。バイト先の店長は彼女のそういう訳有りな事情を深く訊いてくることなく、ただ静かに衣食住を提供してくれている。本当にありがたい。また職場である古めかしい、だが趣のある喫茶店は、然程がやがやと忙しい客も来ずゆったりした空間なので名前も働きやすかった。客の多くが年配だったり、読書を好む婦女子だったりする。
 そんな中、一風変わった客がいる。
「やっほー名前ちゃん」
 からんとドアのベルを鳴らして入ってきたのは、萩原という男だ。年配でもなく、読書が趣味な婦女子でもない、年若いこの男はどういうわけかよくここへ来る。
「…どーも」
「いやー相変わらず無愛想だね!」
 そしてこうやってからかってくる。あからさまにこうなので一々怒ったりはしない――少なくとも名前は。
 カウンター席に座る萩原。の、背後にいる黒っぽい紫色の物体。気配を感じさせずどろりと出てきたそれの名は…(ばっかゲンガーやめろ!!!)名前の相棒・ゲンガーなのだが、このゲンガー、どういうわけか萩原を敵対視しているのである。
(ステイ!!やめなさい馬鹿!!!)
「…名前ちゃんどうしたの?」
「えっあっ…何でもないッスよ…はは。コーヒーで良いですか」
「うんお願い。君が淹れるコーヒー美味しいから好き」
 ――ゴトンッ!!
 萩原の隣の席が倒れた。言わずもがな、ゲンガーの所為である。
「(コーヒーが好きって言っただけでしょうがッ!!!!)だ、大丈夫ですか」
「あ、うん。ここって心霊現象よく起こるよね」
「心霊現象!?」
「しかも俺がいる時だけ」
 なんか気づかれてるっぽい。まずい、と名前の顔が引き攣る。流石にゲンガーに気づいている様子はないが、ばれるのは案外時間の問題かもしれない。自分の影の中から呑気にひょっこり顔を覗かせているゲンガーを一睨みしてから、コーヒーを淹れ始める。「いや、どうでしょう。気づいてないだけで萩原さんがいない時にもあったりして…」「えー?多分ないと思うよ」何を根拠に言っているのか。
 そんな名前の疑問を見透かしてか、萩原は告げた。
「だって名前ちゃん、この現象の正体知っているんでしょ?」
「………は、」
「こういう変なこと起こる度に、名前ちゃん“しまったー!”ていう顔してるよ」
 なんてこった。
「い、いや何言ってんだか……」
「名前ちゃん嘘下手なの可愛いね」

 ――ガッタンッ!!!

 カウンターに置いてあったガラス製の調味料入れが派手に倒れ、紙ナプキンがはらはらと散った。これには流石の萩原も言葉を失う。そしてその、背後。怒りに満ちているゲンガーが、萩原に触れようとしていた。
「ッやめろゲンガー!!!」
 思わず怒鳴れば、ゲンガーは不貞腐れた顔で手を引っ込めた。瞬間、萩原がバッと背後を振り向いた。
「えっ…なに、これ……?」
「……あー…」
「げげげッ」
 さて、何と説明しようか。

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