サイタマ

「年末ですなー」
「ですなー」
 サイタマ宅にて。紅白が流れるテレビをなんとなく観ながら、二人はこたつに入り浸っていた。ぬくぬくとした感覚に名前はのほほんとした緩い表情をした。因みにこたつは名前の好きなものランキングトップ5に入る。こたつプラスみかんかアイスなら、もっと幸せだ。
 そして今、手許にあるみかんの皮を剥いて、瑞々しい鮮やかな色の実を口に放り込む。程良い甘味と酸味に、名前は口許を更に弛緩させた。ひでえ間抜けヅラだぞと言ってきたサイタマなど気にならない。
「今年の紅白、どっちが勝つと思う?」
「どっちでも良いや」
「サイタマって歌とか興味なさそうだもんねー」
 あぐ。もう一つ口に放る。「そんなに美味いの?」あまりにも美味しそうに食べていたのだろうか、サイタマは興味津々といった色で名前の手許を見つめる。素直に美味いと告げると、サイタマは名前の手を掴んで自分のほうに持っていった。
「あ」
 名前の指の間にあったみかんの実は、サイタマの口の中に消える。(いやていうかコレ恋人同士がやることじゃね?)断っておくが彼らは決してそういう関係ではない。ましてや名前に至っては一度たりとも彼をそういう目で見たことすらない。別に彼が上半身裸でも動揺なんてしたことがないし、むしろ鍛え上げられた筋肉を触らせてくれと頼んだことさえある。
 「へえ、美味いな」「……ああ…うん」あまりにも、あまりにもあっさりしているサイタマに、恋愛に発展していない男女間とは案外こういうことをするものなのかと妙に納得してしまう。まあ彼に限ってそういう気があるとは思えないし、自分が変に動揺してしまっただけだろうと考えた。
「チャンネル変えて良い?」
「うん」
 案の定つまらなくなってきたのか、サイタマは適当に局を変えてゆく。年末の特番といっても面白いものはあまり無くて、結局ニュースで落ち着いた。年末に起きた事件、災害、芸能人の来年に向けての抱負。様々な事柄が流れる中、街の人々のインタビューにて、新年と同時にキスをするというカップルがいた。
「何でわざわざそんなことするの?」
「お前そういうこと言うから彼氏できねーんだよ」
「うっさいな!じゃあサイタマ、分かるの?さっきのカップルの言うこと」
「そりゃお前………わかんねーけど」
 詰まるサイタマに、勝ったとばかりにニヤリと笑う名前。しかしそんな二人のドライな心情とは裏腹に、新年初めにキスをしようというカップルは結構居た。
 「いやホント意味わかんない爆ぜろ」ふてくされたように呟く名前を、サイタマはじっと見つめる。
「……じゃ、やってみる?」
 不意に、そんな言葉を名前の聴覚は捉えた。聴覚がまともなら出処はサイタマだと脳は認識している。
「…え、何を?」
「いやだから、新年初めのアレ」
「……マジで?え、は?私とキスするってこと?嫌じゃないの?」
「…別に…まあ、良いんじゃね?」
 投げやりに答えると、サイタマはそっぽを向いてしまった。
 一体どういうことなのだろうか。何かアドバイスはあるかとテレビに意識を持っていくが、目の前の彼ばかり気になってテレビの音声は右から左へと流れてゆく。
 これはつまり、そういうことなのだろうか。そういう気があって彼は言っているのだろうか。それとも単純に好奇心とかそういうもので言っているのだろうか。
「…言っとくけど、俺はお前ならキスしても良いって言ってるんだからな」
「うっ」
「で、どうなの」
 前者だった。ということは、彼も割と本気らしい。表情がいつもより締まっている。
「…………あと、15分くらいか」
「おお」
「口ン中、多分みかん味だけど良い?」
「おお……ん?はい?」
「いやだから、口ン中みかん味だけど良い?」
「いや良いけど、え、やってくれんの?」
「うん」
「…えっとそれはつまり…」
「でも言ってやんない。あんたわかりにくい。あんたから誘ってきたんだからもっとはっきり言って」
 ジロリと睨むと、サイタマは気まずそうに目を逸らす。刻々と時間が過ぎてゆく中、ただテレビだけが騒がしかった。
そして。
「…一回しか言わねーからな」
 “残り、あと20秒になりました!”どこかの局のアナウンサーが、笑顔で告げる。その刹那、サイタマの唇から言葉が紡がれた。
 まさか、彼が自分に対してこんなことを言うなんて。そう思うとちょっとだけ笑えてきてしまう。で、お前はどうなんだと言わんばかりの彼の目に、名前は微笑した。
 “5、4、3…”今年が、終わろうとしている。

「    」

 アナウンサーの声は、もう聞こえなかった。
 新年の初め。その年は彼の温もりから開始しようとしていた。