K.Hagiwara

「ごめん!」
 そう言って駆けてきた彼の鼻頭は、少し赤くなっていた。
 十二月二十五日、通称クリスマス。この日、名前は仕事が終わってから萩原と待ち合わせをしていた。なんでも素敵なイルミネーションを知っているから連れて行ってやるとのこと。傍から見れば恋人同士に見えるのだろうかだなんて少しだけ浮かれながら、名前は彼を待っていたのである。
 彼は警察官だから時間通りにいかないことは知っているし理解もあるつもりだった。それでもやはり、こういう日に待ちぼうけを食らうとちょっとばかりがっかりする。
「いいよー、萩原くん遅れるだろーなーって思ってたからさー」
「ぐっ…本当にごめん」
「いいっていいって」
 内心寂しかったとは言えない。
「うわ手、真っ赤じゃん!貸して!」
「へ」
 ぎゅううと握られる自分の手。(うわあああああ!?)表には出さないが、心は赤面状態である。
「すごい冷たいねー。やっぱ待たせたの悪かったな」
「い…いや…本当にもう…ダイジョウブなんで…い、行きましょう」
「そう?…じゃ、気を取り直して」
 その服可愛いねだとか、髪型変えたんだとか、そんな細かな変化さえも汲み取って褒めてくれる彼に降参しながら、名前たちは目的地まで辿り着いた。道中会話が途絶えることはなかった。彼の気遣いは偉大だ。
 そしてなにより、彼女でもない自分をこんなすごいイルミネーションに連れてきてくれるのだから、彼の懐の深さは計り知れない。
「すごい…」
「俺も現物は初めて見たよ。いつも写真だったからさ」
 周囲はカップルだらけだったし、独り身では足が遠のく。様々な色に変化する光の束を眺めながら萩原に礼を言った。自分一人ではこんなところに絶対に来ないと。
「俺のほうこそありがとう。付き合ってくれて」
「いやぁ…」
 あなただったから誘いに乗ったのだと言う勇気は名前にはない。
 ――来年は、来られるだろうか。
「ん〜!」
 瞬間、名前は両手を合わせて目を瞑った。「どうしたの?」隣の萩原が驚いたような声音で訊ねる。
「クリスマスツリーにお願い事してんの!」
「なんて?」
「…言わない」
 言える筈がない。言葉を濁した名前に萩原は暫く不思議そうな目を向けていたが、やがて名前と同じように手を合わせた。「えっどうしたの?」今度は名前が訊ねる番だった。
「名前ちゃんのマネ。お願い事してんの」
「…どんな?」
「来年も名前ちゃんと来られますようにって」
 思わず赤面したのは見逃してほしい。(くっくそー!)スマートすぎる彼が悪いのだ。多分、耳まで真っ赤なことは萩原に見抜かれているのだろう。だけど今それを指摘されても怒る余裕はなかった。


「……ていうかさ」
「……………ナンデスカ」
「ツリーにお願い事って七夕じゃん!あはは!七夕は竹だけど!」
「……………」
「あっごめん、ごめんって!」