デンジ

 何故こんな寒い中、浜辺にしゃがみこんでるのだろうと名前は自問した。
 季節は冬。マフラーを巻いた首を縮こませて、名前はこの寒い中デンジを待っていた。あンのボケいつまで待たすつもりだよと時折愚痴を零しながら、先に来てくれたデンジのレントラーの背を撫でて名前は黒い海を眺める。
 指先が本格的にかじかんできた折、漸く背後から砂を踏む音が聞こえた。名前は唇を噛んだ。「悪い、遅くなって」障り無い言葉を連ね、デンジは名前の横に座る。
「遅いんだよバカ!危うく凍え死ぬところだった!」
「お前ここでそんなこと言ってたらキッサキとか行けねえな」
 薄く笑って、デンジは黒い海に視線を投げる。釣られて見るがそこには黒い世界しかない。
「何見てんの。てか何でここに呼んだの」
「まあもうちょっと待て」
 デンジは腕時計を見つめる。ご、よん、と数字を呟いていく。彼は一体何を言っているのだろうと、名前は怪訝な視線を彼に投げかける。しかしデンジはそれに答えることはなかった。
 さん、に―――いち。直後、ドンッと音が鼓膜を震わせた。同時に黒い空に鮮やかな花が咲く。白い息を吐きながら名前は暫くその花に魅入っていた。綺麗だ。純粋に思った。
「……冬の花火ってのも中々良いモンだろ」
 花火を邪魔しないように、デンジは小さな声で名前に告げる。
「…何で、急に?」
「なんか見せたくなった」
 「なんじゃそりゃ」名前は笑う。釣られてデンジも口角を上げた。
 ドン、ドンッ…。次々にあげられてゆく花火を、以後二人は無言で見ていた。小さい花火や大きい花火。色々な形の花火が打ち上げられ、最後には特大の虹色の花が、黒い空に散った。
 まだ花火は目に写っている。無音の中、二人は余韻に浸っていた。やがて打ち上げ音も鼓膜から消え去り、再び波の音がぼんやり響く。
「…デンジ」
「あ?」
「来年もよろしくお願いしマス」
「…こちらこそ」
 夢うつつの無音が二人を包む。
 黒い世界に花火はまだ、消えていなかった。