どちらかがセクハラをしないと
出られない部屋

 馬鹿みたいな文面が壁に書かれていた。名前とギーマは互いに顔を見合わせるが、どんなことをしても状況は変わらない。
 謎の白い空間に囚われてから、どのくらい時間が経過したかも分からなかった。今名前たちの手元にポケモンはいない。部屋の中を調べてみても脱出の糸口は見つからなかったことから、本当に"どらちかがセクハラをしないと"この部屋から出られない仕様になっているらしい。
「さて、困ったな」
「確かに……ていうかこんな馬鹿なこと誰が思いつい…」
「私たちは恋人同士だ。体を触ったところでそもそもセクハラに該当するのか?」
「は!?そこ?!」
 想定外のことに頭を悩ませていたギーマを凝視すれば、そんなに見つめないでくれと何故か照れられた。恥じらっている場合じゃないだろう。
「あのねギーマ、そんなことより無理やりにでも部屋から出る方法を考えたほうが良いんじゃない?」
「名前、私たちは今手持ちのポケモンと離れ離れになっている。部屋にも隠し扉らしきものは見当たらない。となれば、素直にお題に従っていたほうが余計な労力を使わずに済むと思うぜ」
「お題って………てかどこ触ってんの!」
「尻」
「真顔で答えるな!!」
 すりすりとお尻を撫でてくるギーマの手を叩けば痛いなと唇を尖らせてきた。
「じゃあ聞くが、何か良い案でも思いついてるのか?」
「それは…ないけど…」
「だったら言う通りにしろ」
 そうしてニヤリと口角を上げる様は、勝利を確信した時の表情とまったく同じだ。名前と違い彼はこの状況を楽しんでいるのだ。なんて図太い神経を持っているのか。
「で、でもさぁ、ギーマ……さっきからこうして触ってるけど…特に何もなくない?」
「……確かにな」
 怪しい手付きとは裏腹に部屋はしんと静まり返ったままだ。ピタリと手を止めギーマが周囲を見回しても特に変化はない。今度は名前から触るよう彼に指示されたので素直に従うことにする。普段からこういう色気のある行為は殆どが彼から仕掛けてもらっていたため、緊張してしまう。案の定ギーマは愉快そうに口角を上げていた。
「あんまり笑うなぁ……」
「済まない。でも…ふふっ、面白くてな」
「何が!?」
「緊張しすぎた。もっと気を楽にしろよ」
 際どいところを触られているというのにギーマは余裕綽々だ。なんだか悔しかったので名前はギーマにベッドに座るように言って、彼の膝に乗った。多分ここまで来るとセクハラなんて関係ない気がする。彼も同じ考えだったのか、少しばかり首を傾げていた。
 その刹那。
 あまりにも唐突な出来事が起こった。
「何ですかここ?」
 いきなりドアの開閉音が聞こえたかと思えば、女性の言葉が飛び込んできた。
「「え?」」
「あらギーマに……名前さん?」
 先程までなかった筈のドアが何故か存在し、それをシキミが開けていた。彼女の丸まった目が、二人の光景をばっちり押さえている。
 そこで名前は自分が今どんな格好をしているのか思い出した。
「しっシキミさん!!違うんですこれは深い理由が……」
「お邪魔しました〜」
 余計な気を利かせてシキミは良い笑顔でドアを閉じた。あとで絶対根掘り葉掘り訊かれるだろうなと遠い目をしていると、ギーマに名を呼ばれた。
「なに……」
「いや、さっきシキミはドアを開けただろ」
「そうだけど……」
「それで、今閉めたな」
「…うん。で?」
 ギーマは神妙な顔つきで言った。
「閉めたらまたこちらから開けられなくなるんじゃないか?」
「――あ」

 “結果・失敗”