お互いのコーディネートをしないと
出られない部屋

「何だこれは」
 誰に問うわけでもなくそう呟いたシンジに、名前はさあと答えることしかできなかった。
 某日某所、とは言っても名前に明確な記憶はない。気がつけばクローゼットだけがぽつんと置かれた真っ白な部屋にシンジと共におり、壁には黒字で“お互いのコーディネートをしないと出られない部屋”と書かれていた。咄嗟に腰のベルトに視線をやったもののモンスターボールはなく、一見した限り脱出手段はなかった。
「…よく分からないけど、とにかくコーディネートをすれば良いんじゃない?」
「こんなものに従って本当に出られるのか?」
「でも他にすることないし、とにかくやってみようよ」
 シンジは始終不可解そうな顔をしていたものの、名前の発言を理解したのかそれもそうだなと納得した。
 その場にあったクローゼットを開いてみれば、ものすごい量の衣類が収納されていた。男物、女物共に種類は豊富で選び甲斐がある。とはいえ普段の衣類を見ていればシンジが服に対し興味がないことは明白であった。少しの不安を抱きつつ名前は適当な服を手に取る。
「せっかくコーディネートするんだしテーマとか決める?」
「テーマ?」
「ほら、フォーマルとかカジュアルとか」
「ああ……」
 案の定反応が薄い。本当に大丈夫なのだろうか。
「これなんかどう?」
 名前が選んだものは黒の半袖Tシャツ。
「シンジ普段は長袖ばっかだし、たまには半袖とか着てみなよ。もし肌寒かったら七分丈のカーディガンとか羽織る?」
「…お前……妙に楽しそうだな……」
「だってシンジっていつもその服装だし、たまには半袖姿見てみたいよ」
 シンジは神妙な顔つきで自分の服の裾を掴み見下ろすとクローゼットを物色しだした。どうしたんだろうと観察していれば、彼は薄い水色のワンピースを取り出した。
「お前もいつもズボンだろう」
 成程、名前もイメチェンに加われということか。
「なんか面白くなってきた」
「オレにはよく分からん」
 とは言うものの、シンジは真面目に服の選定をしてくれた。彼は興味が薄いだけでセンス自体は悪くない。シンプルなワンピースに可愛いのに歩きやすいパンプス。お前は寒がりだからな、と言って最後に渡してくれたのは柔らかい生地のカーディガンだ。
「すごく可愛い!ありがとう!」
「別に」
「こうやって選べるならシンジも普段からおしゃれすればいいのに」
「うるさい」
 名前が選んだものはネイビーのサマーニット。その上から白のシャツを羽織り、下はグレーのパンツ、そして黒のカジュアルめの靴を合わせた。彼はいつも重めの黒や紫で統一しているので白を加えたかったのである。
 お互い更衣室で着替えて部屋に戻る。「シンジ似合ってるよ。そういうのもたまには着てみたら?」旅の道中ではお目にかかれない彼の新鮮な姿を名前は端末で撮影したくなった。残念ながら手元には何もない。勿体ないなあと悔やんでいると、シンジがこちらをじっと見つめていることに気がついた。
「なに?」
 その問いに少し眉をしかめたシンジであったが、やがてそっぽを向いてこう言った。
「お前も悪くない」
「ふふふ、ありがとう」
「……………フン」
 その瞬間、かちりと何かが解錠された音が響いた。音の鳴ったほうへ目を向ければドアが出現していた。そこにはプレートが掛けられている。
 “そのまま部屋を出ろ”
「この服貰っちゃって良いってことかな」
「そうなんだろう。行くぞ」
「……ね、このままどこか出かけようよ」
「…………、好きにしろ」


“結果・成功”