13

 ウルキオラとヤミーが現世から帰還した。
「現世はどんなところだった?」
 錦が、興味津々な目でウルキオラを見つめる。彼は藍染に従順だから錦に手を出したりはしないだろうが、その隣にいるヤミーは直情的ですぐに暴走する。故にグリムジョーは内心気が気じゃなかった。が、どうやらヤミーは錦にまったく興味がないようで、彼女がウルキオラに話しかけても無反応だった。
「特筆すべきことはない。強いて言うなら、ここより緑が多い」
「確かにここは灰色ばかりでつまらないな。虚圏って花とか植えても大丈夫かな」
「知らん。ただ、植えるのなら藍染様に許可を頂いてからにしろ」
「分かった。じゃあ許しを得たら、一緒に植える花を選ぼう」
「おい待て、何故俺が…」
「アンズって知っているか?薄桃色の花で、とても可愛いんだ」
 もう何も言うまい、と諦めの表情をするウルキオラに、少し笑ってしまう。錦のこういう主張はてこを使っても決して曲げられないことをグリムジョーもよく知っていた。
「……分かった、分かったからお前は藍染様に花を植える許可を貰ってこい」
 ぽっきりと折れたウルキオラに促され、錦は「分かった!」と嬉しそうに頷くと駆け足で玉座の間に行ってしまった。「…シャウロン、ついて行ってやれ」「分かった」ザエルアポロの件もあったため、シャウロンに追いかけさせる。お前が行かないのかよというウルキオラの視線など気にしない。
「オイ」
「何だ」
「お前、藍染があいつを使って何をしようとしてるのか知ってるか?」
 すると、ウルキオラは僅かに眉を寄せてこちらを見た。
「いや………教えて頂いていない」
「そうかよ。じゃあ、俺が知らねえところで攻撃許可が出てたりは?」
「ない。それは担当者であるお前がよく知っているだろう」
「………まあな」
 そこで会話が途切れる。
 ウルキオラでさえ教えてもらっていないとなると、ザエルアポロは推測であのような行動に出たのだろうか。一歩間違えれば処罰は免れないというのに、とんでもない気狂いだ。流石、司る死の形が“狂気”なだけある。
「チッ…」
 気に喰わない。
「何かあったのか」
「………」
「護衛指示が出ているのなら、あの死神をしっかり護れ」
「てめぇに言われなくても分かってる」
 黒い卍解を持つ死神を殺さなかったような奴に言われるまでもない。そういう意味も込めてグリムジョーは吐き捨てた。


 一方錦を追いかけたシャウロンは、とっくに藍染の許可を取り終えた彼女と共に帰路についていた。これから起こるであろう波乱と無縁そうな微笑みを携える錦に、ひっそりと目を細めた。
 不思議なものだ。敵である筈の錦は、破面の前で笑い、会話する。そんな姿がいつしか当たり前になった。そんなわけがないというのに。斬り合い以外で死神と接するなど夢みたいなものなのに。だけど現に今、自分に対し無警戒な死神が隣にいる。
「……錦は、ここにいて楽しいか」
 無意識の内にそんな質問をする。錦は目をぱちくりさせてシャウロンをまじまじと見た。
「ああ、楽しいぞ。つまらなさそうに見えたか?」
「そんなことはない。ただ、そうは見えなくても本人の口から聞きたいだろう」 
「そうか。…シャウロンは頼りになるお兄さんという感じで好きだ」
 好き―――そんなことを言われたのは、初めてだ。
「イールフォルトはうるさいけど困っていたらちゃんと話を聞いてくれるし、ナキームも無口だけど私が何か言う前に色々してくれる。エドラドは私がここに馴染めているか心配してくれるし、ディ・ロイもよく一緒に遊んでくれる」
 「良い奴らばかりだ」そう言って錦は目元を和らげる。
 錦は満足そうに口を閉ざしたが、シャウロンは肝心な部分を聞いていないことに気づいた。
「グリムジョーは?」
 思わず、訊ねた。
「グリムジョーのことは、どう思っている?」
 我が王のことを、彼女はどう思っているのだろう。あの無骨で不器用で、一番錦の身を案じている王のことを。
 彼のことを訊ねた途端、錦は一層表情を綻ばせた。
「グリムジョーって不思議だな」
「不思議?」
「最初はすごく冷たい奴だなぁと思ったんだが……あれですごく優しい」
 “優しい”
「―――奴が聞けば唖然としそうだな」
「え?」
「なんでもない」
 きょとんとした錦に、シャウロンは微笑みかけた。
「おーい!錦!シャウロン!」
 前方から駆けてきた姿は見知った者だった。シャウロンは半ば呆れた声でその名を呟く。
「ディ・ロイ…」
「もしかしてもう藍染様に会ってきた?」
「ああ」
「なーんだ、俺も一緒に行こうと思ってたのに」
「ディ・ロイも藍染殿に頼み事があったのか?」
 錦の問いにいや全然、と首を横に振るディ・ロイ。「俺ウルキオラ苦手なんだよ」悪びれる素振りもなく彼は述べる。
「なんかグリムジョーの奴、マジメな顔でウルキオラと話してたし一緒にいるの気まずかったからこっち来ただけ!」
「なんだそういうことか。だったら少し寄り道でもしていこう」
「流石錦!そうこなくちゃな!」
 勝手に話を進めていく二人を静観し、シャウロンは先程の彼の発言に引っかかりを覚えていた。
 ウルキオラを敵視しているあのグリムジョーがわざわざ会話をするなど余程のことだ。内容はおそらく錦についてだろう。それ以外考えられない。多分、先日のザエルアポロが彼女を襲ったことについて訊ねたのだ。ウルキオラは藍染に従順だから自分よりも今回の“実験”について内情を知っていると判断したのだろう。
 ――我らだけでここにいるべきではないな。
 早くグリムジョーの元へ帰るべきだと判断したシャウロンは、盛り上がっている二人に声をかけようと口を開いたのだが。
「んだよ…グリムジョーの野郎はいねえのか」
 退屈そうな声が届いた。
 ぞわりと、嫌な霊圧が背中を撫でる。
「貴様は確か……ノイトラ…?」
「おお。覚えてたか。悪いな、俺はテメェの名前覚えてねえわ」
 にやりと笑うノイトラ。シャウロンやディ・ロイだけでなく錦も緊張した面持ちで彼を見つめる。当然だ、ノイトラは今、殺気を放っているのだから。いくら貴族出身だといっても記憶を失くすまで彼女は死神だったのだ、この状況がまずいということは本能的に理解しているらしい。
「よく分かんねぇが、この前ザエルアポロがテメェを襲ったんだろ?藍染の野郎はグリムジョーだけに単に護衛を任してるだけじゃねえみてえだな」
 その発言に、思わず錦を庇うように前に出た。ノイトラは錦からシャウロンたちに視線を流す。
「…雑魚斬ったって何の価値もねぇんだがな」
「―!」
 攻撃が来る――そう理解していたのにシャウロンは簡単に吹っ飛ばされた。「シャウロンッ!」錦の悲鳴に似た声が響く。
「…ッ…ディ・ロイ、錦を連れて逃げろ!」
「でも…!!」
「遅え!」
 あっという間にディ・ロイも壁に叩きつけられた。ノイトラはそれだけでは収まりがつかないのか、地面にへたり込んだ彼に剣を振りかざしたが――。
「やめろ!」
 錦が二人の間に割って入った。
「錦…ばかっ…にげ、」
「あァ?テメェ…雌が俺の前に出るってことは、斬られる覚悟があると思って良いんだよなぁ?」
 凶悪な笑みを浮かべるノイトラ。
 しかし。
「てめぇは俺に殺される覚悟があるんだよなぁ、ノイトラ」
 蒼い閃光が目の前を通り過ぎた。
「グリムジョー…!」
「チッ…シャウロン、てめぇがいながらこのザマか」
「そいつが俺に勝てねえのは仕方ねえよ。従属官にそこまで求めんな」
 にやにやしながらこちらを一瞥するノイトラに言い返すことができず、ぐっと唇を噛む。確かに十番以降の己たちでは彼らとの力の差は大いにある。
「ったくよォ、今のお前は相当面白いぜ、グリムジョー」
「あ?」
「そいつを庇いながら俺に剣を向けるテメェは、とんだ笑いモンだっつってんだよ」
 ぴくりと、グリムジョーのこめかみが動く。この時、シャウロンはノイトラの嘲笑をどうしても許せなかった。今までの自分たちと錦の時間を否定された気がしたからだ。
「貴様とグリムジョーを一緒にするな」
「…何だと?」
 ノイトラから嘲笑が消える。「おいカス、誰に向かって言ってんだ?それ」言葉の一句一句に圧力がかかるが、それを遮るようにグリムジョーが鼻で笑った。
「…てめぇみてぇな馬鹿には分かんねえだろうよ。ノイトラ」
「あァ?んだとコラ。この場で殺し合っても良いんだぜ俺は」
「上等だ。前からてめぇは気に食わねえと思ってたところだ」
 まずい。このままでは二人の戦闘に錦が巻き込まれかねない。シャウロンは慌てて彼女の元に行こうと腰を浮かせる。

「そこまでだ」

 唐突に、静かな声が辺りを支配した。「ウルキオラ…!!」ノイトラが悔しそうに第三者の名を紡ぐ。「遊びが過ぎるぞノイトラ」「うるせぇな」ノイトラは細い目でウルキオラを睨みつけると舌打ちを一つして踵を返した。錦やグリムジョーに対してもう興味を失ったらしい。助かったと、シャウロンは深く息を吐く。
「おいっ」
 苛立たしげなグリムジョーの声に顔を上げると、彼は錦の胸倉を掴んでいた。
「てめぇさっき何であいつの前に出た!」
「…!」
「てめぇみたいな何の力もねえ奴がしゃしゃり出てんじゃねえよ!!」
「うるさいっ!!」
 大声と共に彼女の瞳からぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。予想外の表情にシャウロンたちだけでなくグリムジョーもギョッと瞠目する。
「わ、私の前でディ・ロイやシャウロンは死にかけたんだぞ!」
「だから何だ!」
「『何だ』だと!?力がなかろうが仲間を助けるのは当然だ!しかも理由は分からないけど…きっと私の所為で!!」
「っ…だからってなァ!」
 口論が激しくなろうとしているところでディ・ロイが縋るようにグリムジョーの腕を掴む。
「なあグリムジョー!俺が弱かった所為だから…錦に怒鳴ることねえだろ?俺が悪いからもう良いじゃん」
「馬鹿!良いわけがない!!」
 彼が否定するよりも先に錦がディ・ロイに反発した。「いいわけ、ない…っ」どす、と彼女の力ない拳がディ・ロイに当たる。涙は止まらない。女の涙など初めて見たディ・ロイは動揺しながら錦の目元を拭った。
「だから…意味分かんねえんだよ、てめぇは」
 二人の様子を視界に収めながらグリムジョーが絞り出すように言葉を口にする。あまりにも小さな声だったためシャウロン以外は聞いていない。ただ、彼の様子を不思議そうに見つめていたウルキオラには、届いていたかもしれない。
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